虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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23/04/09(日)01:10:03 疲れき... のスレッド詳細

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23/04/09(日)01:10:03 No.1045127247

疲れきった体が酸素を取り込むべく大きく息を吸い込めば、体いっぱいに森の匂いが満ちてゆく。石のように重だるい足に気付けをするようにその匂いをもう一度肺に満たすと、前を行くシービーの声が響いた。 「もうすぐだよ」 その声に最後の救いを得たかのようにのろのろと脚を動かす自分とは打って変わって、彼女はもう待ちきれないと言うかのように、木々の間を縫って駆け出していった。

1 23/04/09(日)01:10:27 No.1045127366

「おお…!」 美しいものを見たときに、時に思わず息をするのを忘れてしまうほどだと形容されることがあるが、その時の自分はまさに乱れた息を整えることも、体の隅々に溜まりきった疲れさえも忘れて、目の前の景色に見入っていた。 緑と茶色の落ち着いた背景を圧するように、その木は何の遠慮もなく、花の盛りを謳歌している。鮮やかな色と匂いを振りまくその姿は、春の陽気を形にして集めたようだった。 見事な枝垂れ桜の巨木がその幹が見えなくなるほどの桃色の花に覆われている様は、壮観という他なかった。 「来てよかった?」 振り向いた彼女の自信に満ちた表情に、こちらも精一杯の微笑みを返す。分かりきった事を聞くなと、楽しそうな彼女を揶揄うように。 「最高だよ」

2 23/04/09(日)01:10:47 No.1045127491

仕事をするのが馬鹿らしくなってくるほど心地いい春の日差しを浴びながら、それでもなんとかパソコンに向かう自分の前で、「花見がしたい」と唐突に彼女が呟いたのは、今日の朝のことだった。 「混んでないか?」 「とっておきの穴場があるよ。ちょっと行くのは大変だけどね」 「軽く何か作るよ。その間に準備しててくれ」 「あは、きみもすっかりサボり魔になったね」 そうして、平日の昼間ということに目を瞑れば最高のピクニック日和の今日に、急遽桜を見に行くことになったのだった。彼女の言った穴場──山奥の、しかも舗装された道路も通っていない獣道の先にあるという桜に辿り着くまでの道のりを思い返せば、ピクニックというより軽い登山としたほうが妥当であったと思うが。 花見の客が揃って踵を返すのも納得がいくほどの山道に一時は心が折れそうになったが、行き倒れた末に彼女の背に負われて目的地へ、といういつぞやの醜態は晒さずに済んだのは、曲りなりにも彼女の遊興に三年間付き合い続けてきたことの賜物だろう。 辿り着いたこの絶景を見て、今までの労苦を苦と思わなくなることも、きっと。

3 23/04/09(日)01:11:26 No.1045127697

シートを広げる間も惜しくて、花びらの絨毯が敷き詰められた地面に寝転ぶ。降り積もった花びらの柔らかさと、その下にある根の力強さは、この花が確かに生きていることを感じさせてくれる。 視界が一面の薄桃色に包まれる。桜の木の下には楽園があったと言われても、今なら信じられるだろう。 「ここで死ぬなら本望かもな」 死ぬなら満開の桜の下がいいと詠んで、その望みを叶えた歌人がいたと聞く。後の人は彼の最期を歌詠みの本懐といって大層羨んだというが、その気持ちもわかる気がする。 「怖いこと言うね?でも、わかるよ。綺麗だもん。 もう、他のものを目に入れたくなくなるくらい」 恨めしいくらいに美しい。こんな景色を見たら、ありきたりの景色の退屈さには耐えられなくなってしまうだろう。 だから、このままここで果てるのも悪くないとさえ思えてしまう。 この桜が散るころには、彼女とこうして美しいものを見ることもなくなるだろうから。

4 23/04/09(日)01:11:45 No.1045127798

駆け抜けるような三年間だった。 普通のトレーナーとウマ娘という関係に普通とは程遠い彼女が収まるわけはなくて、自分もそういう彼女の奔放さを愛していた。彼女と同じにはなれなくても、理解されずに時に傷ついてきた彼女の見ているものに少しでも近づきたくて、随分と無茶もした。 自分だけの自由な旅に予定外の同行者がひとりついてくるようになって、はじめ彼女がいったいどう思ったかは解らず終いだ。最初の内は何を考えているのかと怪しんだり、足手まといがひとり増えたと鬱陶しがっていたかもしれない。自分にとっても、彼女が気ままに進む道のりについてゆくのは決して楽なことではなかった。 けれど、この奇妙で、何より愉快な散歩をやめにしようとは、ふたりとも一回たりとも言い出したことはなかった。目的も予定も何もなく、順調に進むことは一度だってなかったのに、辿り着いた先の景色の美しさを体いっぱいに感じている彼女を見ていると、忙しない日常の中で忘れかけていた、美しいものを愛でるという喜びが蘇ってくるような気がした。

5 23/04/09(日)01:12:00 No.1045127887

彼女が見せてくれたものも、気づかせてくれたことも、一つ残らず思い出せる。 いつだって、どこでだって、彼女が見せてくれる景色は掛け値なしに美しかった。それまでのごくありきたりの日常が、もう同じ光景に見えなくなってしまうくらい。 ずっと彼女のそばにいたい。 けれど、それを彼女に強制することはできない。 彼女はもうすぐこの学園を去る。そのあとに何をしようと思っているのかは、彼女の口から聞かされたことはなかった。 自分から聞くのは、怖くてできないでいた。もしも彼女が遠くに行ってしまうとして、また君を追いかけたいと言ったら、果たして彼女はどう思うだろうか。トレーナーと担当ウマ娘という関係が清算された後にも、彼女の人生の中に自分の居場所があるという保証はないし、それを作ってほしいと言える権利もない。 畢竟、自分が覚悟をしなくてはいけないのだ。今の関係を壊したくないから、ずっと手の届くところにいてほしいなどとは、なおさら言えるはずもないのだから。

6 23/04/09(日)01:12:46 No.1045128112

迷う自分の心をよそに、その日の帰り道の景色は呆れるほどに美しかった。道の隣の小川に下りた彼女は、澄んだ水を蹴立てて喜びに浸っていた。 「あは、冷たい…!気持ちいい…!」 「服は濡らすなよ?」 「大丈夫だよ。ちゃんとまくってるから。 …むしろ、その心配はきみがしたほうがいいんじゃない?」 そう言って悪戯っぽく微笑んだ彼女の意図を理解する前に、冷たいという感覚が脳に飛び込んでくる。慌てて避けようとすると、彼女はいっそう楽しそうに笑って、水鉄砲の勢いを増してゆく。 「つめたっ…! はは、やったな…!」 そんな彼女を見ているとこちらまで楽しくなってしまって、靴を脱ぎ捨てて川に入る。ひとしきり水をかけあってお互いに濡れ鼠になった後に、彼女がすっと指を差した。 「見て」 流れの先に夕日が差して、川の水が黄金色に染まってゆく。冷たささえ忘れてしまうほど、美しい景色だった。

7 23/04/09(日)01:13:02 No.1045128205

「楽しいね。 こんな景色に逢えるなんて、思ってなかった」 「…ああ。そうだな。本当に楽しかったよ」 もしも彼女が、ずっとここにいると言ってくれたら。どれほどそんな女々しい期待を抱いても、口に出せるわけはなくて。 彼女がいなくなった世界は、一体どんな色に見えるだろうか。きっと褪せてしまうその色彩に、どれほど耐えられるだろうか。 そんなことばかり考えている自分がいた。

8 23/04/09(日)01:13:17 No.1045128285

一日中遊んだあとはどちらかの家に泊まって、そのまま彼女のために食事を用意することも、もうすっかり恒例になっていた。 「味見させてー」 「食べすぎるなよ?」 「どうかなー?おいしいもん」 そう言うが早いか、彼女はするりと懐に入ってきた。 「じゃあ、食べていい分だけちょうだい?」 あーん、と空いた彼女の口に、出来上がった唐揚げを無造作に差し出す。ぱくりと彼女が食いついたときに、指先に触れた唇の感触を思わず反芻してしまう。 「うん、やっぱりおいしい」 お気に召してくれたのか、彼女の足取りはさっきよりも軽い。軽やかな身のこなしでキッチンを抜け出してソファーで丸くなる姿に、ちょこちょこと歩き回る猫が重なって、つい笑みが溢れる。 何よりも楽しくて、幸せで仕方ないのに。 ──この時間がもう来ないと思うと、悲しくて仕方なくなる。

9 23/04/09(日)01:13:33 No.1045128371

ロフトの上に敷かれた布団に横になると、ハンモックに揺られる彼女が見える。きちんとした寝床は家主に譲るとは前から言っているのだが、彼女はわざわざ上まで登っていくよりも、ハンモックに揺られているほうが好きなのだという。だから、彼女の家に泊まるときはいつも自分がここに寝ている。 一日中歩き回り、夕食も風呂も済ませた身体には確実に心地よい重みが宿ってきている。このまま横になっていれば直に眠りに落ちてしまうだろうけれど、その前に訊かなくてはいけないことがあった。 「卒業したら、どうするんだ?」 心地よい眠気と夜の帳の静けさが心を解してくれなければ、いつまでも言い出せなかっただろう。言葉が口から出ていってしまったあとに今更のように怖くなって、答えを聞きたいのに耳を塞ぎたくなってしまうくらい、今の自分は臆病なのだから。 「んー…何になるとかは全然決めてないや。でも、やりたいことはひとつだけあってさ。 地球一周旅行とか、してみたいな。何年かかってもいいから、世界にはどんな景色があるのか見てみたいんだ」

10 23/04/09(日)01:14:03 No.1045128509

どこまでも彼女らしい、青空のように自由な夢だと思った。 「…そっか。あんまり心配はしてないけど、気をつけてな。 たまにでいいから、写真とか送ってくれよ。シービーが気に入った景色なら、きっと全部綺麗だろうな」 寝床が離れていたのが幸いした。声が震えないように言い切ってしまえば、きっと彼女に悟られることはないだろうから。 これから紡がれる彼女の物語の中に、やはり自分の居場所はない。自分の役目は、あくまでも彼女を見守ることなのだから。彼女が新しい舞台に羽ばたこうとしているのなら、それを全力で後押ししてやるのが、トレーナーとしての努めなのだから。 だから、笑っていなければ。 自分の哀しい顔なんかで、彼女の門出に水を差してはいけない。

11 23/04/09(日)01:14:18 No.1045128598

夜が更けた部屋の中に、音を届ける者は誰もいない。彼女は何も言わなかったし、自分は何も言えなかった。 これ以上何か話したら、女々しい自分を抑えられないと思った。吐き気のように喉の奥から込み上げてくる、いつ帰ってくるんだ、また会いに来てくれるか、なんて言葉を呑み込むためには、口を閉じているしかなかった。これが最後なら、少しくらい気の利いた台詞を吐くのが筋だろうに。なのに臆病な自分は、彼女の言葉を受け止める準備だってできていない。 ありがとう、も、元気でね、も、聞きたくなかった。ずっとここにいる、なんて、都合のいいことを言ってくれるはずがない彼女を、こんなにも愛しているのに。 「ねぇ」 ──けれど、彼女は。 「言ってくれないの?いつもみたいに、一緒に行きたい、って」 そんなありきたりの予想さえ、軽々と裏切ってゆく。

12 23/04/09(日)01:14:29 No.1045128652

梯子を登ってこちらに来る彼女の瞳は、怒りさえ感じるほど強い視線を飛ばしてくる。 「言ったじゃん。アタシのこと、諦めないでよって」 その瞳に射竦められて凍りついたように動けない自分の隣に、彼女はそっと腰を下ろした。 「好きなものを追いかけてるとき、きみはずっと一緒だったよね。アタシがずっと夢中になっていても、きみはいつだってそれが楽しいって言ってくれた。 疲れきって満足して、家に帰って食べるきみのごはんはいつだっておいしかった」 言葉を飾り立てる趣味は持たない彼女の口から、堰を切ったように言葉が溢れ出してくる。そんな常ならぬ様子の彼女を見ると、弱りきった心は都合のいい妄想を作り出して見せてくるのだ。妄想と切り捨てるには、あまりにも切実で甘美な考えを。 「そうして次の日の朝になって、きみが帰ったあとになるとさ。 寂しくなるんだ。すごく」 ──もしかしたら、彼女も同じ気持ちだったんじゃないか、なんて。

13 23/04/09(日)01:14:58 No.1045128792

いつかの雨の日に彼女が突然家に来て、雨宿りがしたいと言ってきたことがあった。結局それだけでは済まずに夕飯を共にして次の朝まで一緒に過ごしたのだが、思えばあれが今の関係の馴れ初めのようなものだったかもしれない。 初めはびっくりしたけれど、いつも退屈で殺風景な部屋の片隅で微笑む彼女を見ると、いつの間にか何か素敵なことが起こるような気分になっていた。誰もいなかった食卓の向こう側に彼女が座っているだけで、億劫な料理にもつい熱が籠った。 彼女が帰ってしまったあとの部屋は、同じ部屋と思えないほど広く、ひどく殺風景に見えた。 ずっとここにいてくれたらいいのに、なんて。彼女を縛ることなんて、誰にもできないのに。

14 23/04/09(日)01:15:42 No.1045129008

「アタシ、きみの夢になれた?」 いつか彼女と交わした、小さなひとつの約束があった。彼女に願いを託し続けるなら、彼女はいつまでも、俺の夢の先にいると。 自分が走った道と、俺の夢へと続く旅路が重なるのが、何よりも嬉しかったからだと。 ただ、嬉しかった。自分の世界で生き続ける彼女の、前に進む理由に少しでもなれたことが。 「いつだって、シービーは俺の喜びだったよ」 そんな小さな約束が、今でもまだ彼女の心の中で、走り続ける支えになっていたことが。

15 23/04/09(日)01:15:57 No.1045129082

答えを噛みしめるように何も言わない彼女の表情は、あまりにも真剣で。 彼女の全てを捉えようと、感覚が彼女以外の情報を跳ね除ける。ありのままの心を曝け出してくれた、彼女に応えたくて。 「もし、アタシについていくのが嫌になったとか、ここに残ってまだやりたいことがあるのなら、素直に諦めるよ。 でも、そうじゃないなら、聞かせてよ。 ──アタシがいなくなっても、いいの?」 彼女の想いの前では、自分の臆病など些細なことだ。 だから、伝えよう。自分の想いを、ありのままで。 「いい、わけない。 寂しいよ。シービーと一緒にいられないのは」 その言葉を待っていたかのように、彼女はにこりと、穏やかに微笑んだ。 「ふふ、そっか。 やっぱり、そうなんだ」

16 23/04/09(日)01:16:38 No.1045129296

深く息を吸い込んだ彼女は、遠くを見つめるように少しだけ視線を上に向けた。自分の中にあった想いのかたちを、ゆっくりと確かめるように。 「わかった。 きみは特別なんだって」 肩の荷が下りたように力が抜けた彼女が、そっとこちらに身体を預けてくる。昔話を話して聞かせるように、そっと言葉を紡ぐ彼女の話し方はとても穏やかだった。 「ずっと思ってたんだ。好きって気持ちを、仕分けする必要があるのかなって」 彼女はいつだって好きなものに一直線で、それがどうして、どんなふうに好きなのか、いちいち理屈をつけるようなことはしてこなかったのだろう。好きなものは好きだという強い想いがあれば、彼女にはそれだけで十分だったのだから。

17 23/04/09(日)01:17:06 No.1045129447

けれど、今。 「アタシの好きは一方通行だし、それでいいと思ってた。みんながアタシに好きなように夢を見るのと同じで、アタシが好きなものがアタシに合わせてくれなくたって、それは当たり前のことだから。 でも、今わかった。 きみに好きって言ってもらえたら、きっとすごくうれしい」 ただ好きという一言では片付けられない感情が、彼女の中に生まれたとして。 そんな特別な想いの向かう先が、自分だけであったとして。 「だからさ。 きみが欲しくなっちゃった。わがままって言われたとしても、きみについてきてほしい」 ──自分が彼女に寄せる想いだって、それで心を揺さぶられないほど、軽いものじゃない。

18 23/04/09(日)01:17:38 No.1045129610

「ずるいな、その言い方は」 「あは、やっぱり? わかるよ。アタシも考えたもん。ずっと自由でいることを大事にしてきたんだから、きみの自由だって壊したくないって」 ああ、本当にずるい。 たくさんの人が手に入れようとして、手に入らなかった彼女の『特別』が。 どれほど価値のあるものか、きっと彼女は知らないのだ。 「でも、ううん、だからこそ──」 そんな存在に少しでもなれたらと、どれだけ自分が彼女に想いを募らせていたのかを。 「きみが心からアタシと一緒にいたいって思ってくれるなら、アタシはすごい幸せだよ」 その想いが紡ぐ言葉が、彼女に焦がれた心をどれほど喜びで満たしてくれるのかを。 隣にいた彼女の柔らかい重みを膝の上に感じる。彼女の瞳の中に吸い込まれてしまったように、その表情から目が離せなくなる。 灯りを消した部屋の中を、月の光だけが仄かに照らしていた。 その淡い光の中に、照らし出された彼女は── ──息を呑むほどに、美しかった。

19 23/04/09(日)01:17:50 No.1045129668

「ねぇ。 アタシのこと、好き?」

20 23/04/09(日)01:18:03 No.1045129727

考えるべきことは、きっと色々あったのだろう。教師として生徒にこんな想いを寄せてはいけないとか、その問いに応えて、彼女にありのままを伝えて、その先自分はどうすればいいのか、とか。 けれど、そんな合理的で、ちっぽけな思考は── 愛するひとに想いを伝えることに比べれば、どこまでもつまらないことなのだ。 「──ああ。 君が好きだ。世界中の誰よりも、ずっと」 「──ありがとう。 アタシも、きみが好き」 何よりも待ち焦がれていたひとことを、彼女の声が紡ぐ瞬間に比べれば、ずっと。

21 23/04/09(日)01:18:30 No.1045129871

恋に落ちたひとが何よりも待ち焦がれるものを得たというのに、その余韻に浸ろうとお互いに押し黙ろうとするのがなんだか可笑しくて、どちらともなく笑い出してしまう。 「ふふ、あはは。 なんか落ち着かないね。だって、いつも通りだもん。特別なことしてるって感じ、しないんだ。 やっぱり、それっぽいことしたほうがいいのかな」 可愛らしい彼女の提案には、首を横に振って返した。彼女のその提案は至極魅力的なのは事実だが、それで彼女を縛るのは彼女が一番望まないことだろう。 水が自然と一番低い場所に流れていくように、自分たちには自然に定まった今の関係が、きっと一番心地いいはずだから。

22 23/04/09(日)01:18:41 No.1045129927

「無理に名前を決めようと思わなくても、俺はいいよ。友達なのか、恋人なのかって」 ただ、どうやらその自分の気遣いは少々彼女のお気に召さなかったらしく、頬が少しだけぷくりと膨らむ。 「思ってないよ、今だって。 ただ、自分の気持ちに正直でいたいだけ」 また一層彼女が愛おしくなって膨らんだ頬をつつこうとするけれど、彼女はそれをひらりとかわして、揶揄うようにくすくすと笑った。 先に悪戯を仕掛けたのはこちらだが、それも無理からぬことだと思う。好きなひとが自分の意思で、恋人のように触れ合ってみたいと言ってきて、愛おしく思わないはずがない。

23 23/04/09(日)01:18:58 No.1045130028

そんな彼女はやはり自由で、先の振る舞いを心の中で噛みしめる時間さえ惜しくなる。 「それにさ」 汲んでも尽きないほどの想いを、惜しむ間もなくぶつけてくるのだから。自分の小さな心臓は、それに応えるのでせいいっぱいだ。 「きみが好きって言ってくれるのも、きみに好きって言うのも、すごく幸せになれるから」 そんな素敵なことを聞かされては、嫌でもこちらも浮かれてしまうというものだ。 少し欲をかいて、彼女と愛し合ってみたい、だなんて。 「じゃあ、折角だからもうちょっとロマンチックにしてみないか」 きょとん、とした表情のシービーはなんのことか今一つ掴めていない様子だが、常識に縛られている自分にとってはそれなりに大切なことだ。 「俺の勝手かもしれないけど。 好きなひとと結ばれるなら、ちょっとでも想い出に残るほうがいい」

24 23/04/09(日)01:19:28 No.1045130182

きょとんとした彼女の表情は、少しずつ柔らかな微笑みに変わっていった。 「あは、そっか。そういうものなんだね。 でも、それもそうか」 「今気づいたのか。 はは、シービーらしいな」 じゃあ、どんなのがいいかなと言って、彼女は少しの間、考え込むような様子を見せた。 「そうだ。 なら、ひとつだけ」

25 23/04/09(日)01:19:38 No.1045130243

いつも爽やかな笑顔を湛えた彼女の顔が妖艶な色香を帯びる姿は、釘付けになるには十分だった。頬に伸びる滑らかな指の感触も、倒れ込むようにその重みを預けてきた彼女のしなやかな肢体も、全てが鋭敏になった神経に飛び込んでくる。 俺は彼女の、何を好きになったのだろう。 涼やかに微笑む、端正な顔立ち。常に快活さを失わない、透き通った朗らかな声。 腕の中に飛び込んできた、柔らかな彼女のぬくもり。 「ずっと気になってたんだ。 ──はじめてのキスって、どんな味がするんだろうって」 きっとそのどれもであって、どれでもない。彼女の仕草から目が離せないのは、きっとその奥にあるものに惹かれていたから。 何よりも透明で、誰よりも自由な── そんな彼女の生き様が、喩えようもなく美しいと、そう思ったのだ。

26 23/04/09(日)01:19:54 No.1045130328

これまで唇に触れたどんなものよりも、柔らかく心地いい感触が離れていく。なら、ちゃんと動かさなくては。 彼女と触れ合うためだけでなく、言葉を交わすことにだって、この唇は使えるのだから。 「お味のほどは?」 「よかった。 アタシの好きな味だ。すごく」 そう言うと彼女は安心したように、胸板に頭を乗せてくる。ちょっとどきどきしてるね、と楽しそうに言うその頭を、照れ隠しのように少し荒っぽく撫でると、彼女はくすくすとまた楽しそうに笑った。

27 23/04/09(日)01:20:09 No.1045130401

「幸せって、こんな味なのかも」 ぽそりと呟いた彼女の声を、自分の耳がはっきりと拾う。彼女の感じる心に言葉で触れるのも、その言葉を彼女が大切そうに聞いてくれるのも、ずっと彼女に寄り添ってきて味わえる喜びのひとつだった。 「美味しかったか?」 「うん。ずっと食べてたいくらい。 ──だからさ、ずっとそばにいてよ」 誰にも縛られない彼女の中に、自分のための居場所を勝ち取る。 彼女を愛するものとして、これ以上の喜びはない。 「ぜひ、お邪魔でなければ」 「あは、大丈夫でしょ。 いつだって空いてるからさ。アタシの隣なら」 もう一度彼女の指が伸びてきて、くいと顎をそちらに向かせる。もう離さないよと言う言葉通りに、両の手が首に回される。 「おかわり。 もういっかい、しよ?」

28 23/04/09(日)01:20:27 No.1045130484

二度目のキスは、少しだけ甘く蕩けた味がした。何よりも甘くて幸せな、ずっと味わっていたくなるような味が。 ほんの少しの隙間もないこの距離の中に、そんな幸せがあるのなら。それがこの甘美な味の中に、少しでも融けているのなら。 ──重ねた唇から少しでも、伝わってくれたらいいのに。

29 23/04/09(日)01:20:39 No.1045130552

アタシを変えられるのはアタシだけ。 今までも、これからも、それが変わることはない。 でも、いや、だからこそ。 アタシがアタシのままでいるためには、きみがいないとだめなんだ。 誰にも合わないアタシの背中に、きみは寄り添おうとしてくれた。ただひとりだけのための世界に、きみの言葉が意味をくれた。 ありのままのアタシを、ただ純粋に美しいと言ってくれた。 だから、きみにそばにいてほしい。そんなきみの言葉を、一番近くで聞いていたい。 きみがそばにいてくれるなら、アタシがアタシで在り続けることに、誇りを持てる気がするから。 自分に正直に生きることと、誰かをひたむきに愛することは、決して矛盾しないはずだから。 だから、ありのままの想いを、心のままに伝えたいんだ。 ──ずっとずっと、大好きだよ。

30 <a href="mailto:s">23/04/09(日)01:21:31</a> [s] No.1045130804

おわり CBは最後に差し切ってくると思います fu2085906.txt

31 23/04/09(日)01:22:21 No.1045131060

今までの fu2085921.txt fu2085927.txt

32 23/04/09(日)01:25:34 No.1045132048

力作ありがたい…

33 23/04/09(日)01:26:09 No.1045132218

想定の4倍くらいの大作

34 23/04/09(日)01:26:16 No.1045132244

大事な事は自分で選ぶことだもんね 自分で選ぶなら誰かと繋がりが出来るのもまた自由

35 23/04/09(日)01:27:13 No.1045132492

その後風のように気ままに方々のレースに出走するウマ娘とそのトレーナーが世界中で見られたという

36 23/04/09(日)01:28:24 No.1045132839

最初は小難しいこと考えてたけど好きなものは好きでいいじゃんと気づいたシービーは強い

37 23/04/09(日)01:28:42 No.1045132920

育成になってはじめてわかったけどほんと不器用なんだよねCB 誰よりも自由に縛られているからみんなが当たり前に出来ることが逆に何か理由を作らないと出来ないって言う

38 23/04/09(日)01:29:56 No.1045133267

>ただ、どうやらその自分の気遣いは少々彼女のお気に召さなかったらしく、頬が少しだけぷくりと膨らむ。 >ただ、自分の気持ちに正直でいたいだけ」 >また一層彼女が愛おしくなって膨らんだ頬をつつこうとするけれど、彼女はそれをひらりとかわして、揶揄うようにくすくすと笑った。 cbの膨らみほっぺたつつきたかった

39 23/04/09(日)01:33:01 No.1045134251

諦めないでねって言ったのに最後の一滴が自分から離れようとしてる シービーはキレた

40 23/04/09(日)01:34:39 No.1045134745

そもそも他人に裏切られようが他人を裏切ってしまっていようが気にしないはずのシービーがキミの夢であることだけは裏切らないって自分からタブー犯してる時点でシビトレは特別な存在なんだ

41 23/04/09(日)01:36:10 No.1045135187

>諦めないでねって言ったのに最後の一滴が自分から離れようとしてる >シービーはキレた おこシービー好き 写真に収めたい

42 23/04/09(日)01:37:25 No.1045135560

旅の途中でいい感じの教会があったらそのまま式挙げそう

43 23/04/09(日)01:44:22 No.1045137857

寝る前にいいもん見れたぜサンキュー!

44 23/04/09(日)01:45:49 No.1045138352

一度吹っ切れて実際してみたら案外悪くなくて爽やかな雰囲気のままいちゃいちゃするようになるシービー

45 23/04/09(日)01:48:46 No.1045139276

なんかこうスーっと胸に効きましたありがとう

46 23/04/09(日)01:49:48 No.1045139621

後日エースやルドルフやマルゼンのところに届く絵葉書

47 23/04/09(日)01:53:54 No.1045140915

時々何も言わずにちゅっと唇を合わせてきたりキスをねだってきたりするようになるシービー

48 23/04/09(日)01:57:43 No.1045141998

仕事で忙しいとその分cbの埋め合わせが激しくなるぞー

49 23/04/09(日)02:00:12 No.1045142554

旅するシービーの写真を撮るのが趣味になるシビトレ 撮るばっかりで一緒に写ってくれないからむっとしたシービーに抱き寄せられた姿を撮られることになるシビトレ

50 23/04/09(日)02:03:13 No.1045143233

>仕事で忙しいとその分cbの埋め合わせが激しくなるぞー 家に帰ったら足ブラブラさせながら頰膨らませて寝転がってる露骨に拗ねてるシービー

51 23/04/09(日)02:10:50 No.1045145248

そーだよねー 誰もアタシの錘にならないもんねー キ!ミ!も!ついてきてくれなくてもしょうがないよねー

52 23/04/09(日)02:17:01 No.1045146706

>──ずっとずっと、大好きだよ。 これ言えるようになったウマ娘は最強

53 23/04/09(日)02:34:07 No.1045150115

>寝る前にいいもん見れたぜサンキュー! こういう日は良く寝れる 今日も良く寝れるおやすみ

54 23/04/09(日)02:54:56 ID:teLz5oTk teLz5oTk No.1045153407

てす

55 23/04/09(日)03:03:05 No.1045154723

>ID:teLz5oTk 恋愛嫌いの糞キチガイ お前の立てたレズネタゴリ押しスレが過疎ってるからって擦り寄ってくんな

56 23/04/09(日)03:10:02 No.1045155649

いいもん見た ありがとう

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