ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
23/03/22(水)02:50:16 No.1038886877
選手寿命の限り走るためには最新鋭の知識が必要不可欠である 多くは机上の空論で終わるものだとしても、その知見の一片が活きないとも限らない ゆえに彼女らはスポーツに関する学界のニュースにも残さず目を通すことにしている 「……もし、私のトレーナーを見かけませんでしたか」 「はっ、はいっ!今日は見かけてませんっ!」 「ありがとう存じます。……ふむ」 トレーニングが休みの今日、ダイイチルビーはある学者の論文を読んでいた その中に興味深い事項があったため、トレーナーと共有しようと思っていたのだ しかしトレーナー室はおろか寮にもいないということでこうして各地を回っている
1 23/03/22(水)02:50:30 No.1038886900
「君のトレーナーかい?さっきあっちで同僚と話していたようだが……」 「なんか肩組まれてどっか連れてかれてたッスね」 「イチゴ味の塩飴あるけど食べるか?」 「……あっち」 紆余曲折を経て、彼女はトレセンの端の方にある小屋にたどり着いた 証言によると同僚数人に半ば無理やり連れられて行ったようだ (このような場所で一体何を……?) 口の中の妙な感触を飲み込んでドアノブを捻ると、鍵はかかっていなかった
2 23/03/22(水)02:50:41 No.1038886928
「私だってルビーのこと思いっきり抱きしめてみたいもん!」 「は?」 聞き馴染みのある声で、耳を疑うような内容が部屋の内装と一緒に飛び込んできた 「嘘だろなんでここに!?」 「裏口から逃げるぞ!」 「えっちょっと待ってくださいよ先輩!?」 「……こんなところで何をしているのですか」 一目散に撤収した他のトレーナーに続こうとして、しかし目の前の担当からは逃げるに逃げられなかった 歌舞伎の一幕のような体勢で固まっているトレーナーにルビーは怪訝な顔で歩み寄った
3 23/03/22(水)02:50:51 No.1038886951
「……ほら、その、……何か用があるんだよね?」 「興味深いニュースがあったので共有したかったのですが……とりあえず」 「ひっ……」 謎の威圧感を放つ彼女に怯んだトレーナーが目をつむり体を強張らせる 何か叱責されるかと思って怯える彼女にかけられたのは、優しく体を案じる手つきだった 「……ふむ、外傷などはないようですね」 「え、あの……」 「白昼堂々暴行でも行われたのかと思いまして」 「先輩はそんなことしないよ!?」
4 23/03/22(水)02:51:26 No.1038887007
そうとっさに反論する目に、何かを誤魔化すような色は全くなかった 「では、こんな辺鄙なところで何を?」 「えっ、いや、ほら、えーっと」 「背筋を伸ばしなさい」 「ハイ」 背筋が若干反り返りながら考え込む彼女は、やがて観念したようにがっくりと項垂れた 「……ぇんを」 「もう少し大きな声で」 「ルビーのかわいいところ選手権してました……」 「……」
5 23/03/22(水)02:51:41 No.1038887032
話は数分前へ遡る 『こんな辺鄙なところで話したいことって何ですか先輩』 『いいや、話したいことがあるのはキミなんじゃあないか……?』 『い、いったい何を……』 『あんたがあの子の担当になって必死に型にはまろうとしているのは見てきたさ』 『そう、それが否定したいわけじゃあない』 『だけどね、養成学校時代からの付き合いのあたしらにはお見通しさ……』 『『ロリコンのあんた(キミ)が内に胸の内にドロドロと抱え込んでいることをね!』』 『人聞きの悪い言い方やめてくれませんか!?』 「本当はちっちゃい子とか大好きで……でもそんな邪な気持ちで担当したって思われたくなくて……」 「それでずっと隠していたと」
6 23/03/22(水)02:51:52 No.1038887058
要約すると、彼女の先輩二人は一族の目の届かないところでガス抜きをさせようと目論んでいたということだった 「でもみんなスタートライン一緒だしあわよくばって思ったのも嘘じゃないし……」 「……はあ」 彼女のついたため息にトレーナーの顔色が一層悪くなった ただでさえ凡庸なトレーナーの動機が性癖交じりの物だったと知れては一族の恥どころではない 即刻首を切った上でトレーナーとしての経歴すら抹消されるかもしれない かといって自殺をすればそれこそ一族の名誉を血で汚すことになる 自分は残りの生涯を、罪を背負ったままうだつの上がらない生活に費やすことになるのだろう ここまで約2秒間の思考である
7 23/03/22(水)02:52:04 No.1038887075
「……顔を上げなさい」 「……はい」 「動機はともかくとして、試験に挑み、ここまで一切気取られずに、貴女は課された役割を果たしました」 「……」 「心を押し殺して業務に励むのは大変だったでしょう。ここまで本当にご苦労でした」 「…………」 数秒、沈黙 励ましたつもりの彼女の顔が言葉を紡ぐにつれて俯いていくのを見てルビーは不思議に思う しかしその時、頭にケイエスミラクルからの言葉がよぎる 『ルビーは大事なことをちゃんと伝えてくれるけど、もう一言添えた方がいいときもあるかもね』
8 23/03/22(水)02:52:15 No.1038887099
「……私は気にしておりませんので、これからもどうぞよろしく存じます」 「…………つ、つづけていいの?」 「はい。今まで通りに」 「よ……よかったぁ~……」 安堵したまま床に座り込み、ほぐれ切った笑みを浮かべる 普段なら許さない緩みぶりだが、誰も見てない今だけはそれを見逃すことにした
9 23/03/22(水)02:52:32 [おしまい] No.1038887121
「ところで用ってなんだったの?」 「……はい、こちらを」 「なに今の間。えーっと、『ウマ娘とトレーナーの信頼関係と身体能力の関連』ね……」 「……論文の、ここのあたりを」 「『サンプルを分析した結果ウマ娘からのスキンシップが多いペアは成績を残しやすい傾向に』……」 「……」 「……」 「この話の流れでこれ出すのは勇気必要だよね……ありがとうね……」 「……そう思うのなら、その下でわきわきと構えてる手をしまってください」 某トレーナー曰く『思っていたよりがっしりしてて逆に”良い”』とのことであった