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23/03/21(火)22:56:28 美しく... のスレッド詳細

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23/03/21(火)22:56:28 No.1038826451

美しくありたい。という願いは、秤アツコに魅入られた私たちスクワッドにとって、一種の共通願望だと思う。 それでも、みんな美へのスタンスは違う。 美しい姫。美しさを尊ぶヒヨリ。美しくなれるサオリ。美しい世界にいるアズサ。 彼女たちは本人がどう望むにせよ、何がしかの美しさへ寄り添えている。 じゃあ私は? 私は私として美しさに、美に、近づけるのだろうか。 醜く使い古された欠陥品に、機能美すら与えられないオンボロに、傷だらけの壊れ欠けに、何か美しさを見出すことはできるのだろうか。

1 23/03/21(火)22:56:45 No.1038826558

パチリと目を覚ます。 夢からの浮上ではなく、闇からの覚醒。 目に写る景色に見覚えはなく、真っ白な天井が瞳孔に明かりを差し入れてくる。 違和感を覚えながらも、ゆっくりと身体を起こす。普段に比べて少し身体が重い。血液を失った時の感覚に近い。 「あっ、お目覚めになられましたね」 横合いから飛んできた声の主に首を向ける。 穏やかな微笑みを浮かべる少女だった。服装の雰囲気からして医療に従事する人間だと思われるその子は、猛禽類の意匠を象った明るい桃色の髪をしていて、どこかで見たような気もするが、思い出せない。 仮に以前会っていたとしても、面と向かって話をしたことはないはずだ。寝起きでもその程度の記憶力はある。 「ここは、どこ」 なぜ私はここにいるのか。 少女は少し困ったような曖昧な顔になると、言い出しづらそうに話す。

2 23/03/21(火)22:57:01 No.1038826645

「一応トリニティ総合学園の医務室、です。今はあまり使われていない場所なので、ちょっと設備が古いですが」 「トリニティ……!?」 その単語を聞いた途端に精神が臨戦状態にはいる。 どこかの学校の施設だとは思っていたが、よりにもよって。 まずい、ここがトリニティ内部だとすれば、指名手配を受けている私たちはどのような目に遭わされても不思議ではない。 目の前の少女は私のことを知っているのだろうか。トリニティの医療部隊と言うとおそらくは彼女は騎士団。一人相手なら、よほどずば抜けた戦闘力を持っていない限りこの場から逃げ出す自信はあるが、その後はどうする。 姫は?ヒヨリは?彼女たちはどこにいる?アズサが侵入しているはずだから……いや違うこれはエデン条約の時の作戦だ。 目の色を変えて思考を回す私の態度を見て、少女は慌てたように付け足す。 「あっ、でも、この場所に一般の生徒が入ってくることはほとんどないです。あなたのことも、多分他の生徒に見られてはいないかと」

3 23/03/21(火)22:57:11 No.1038826706

その口ぶりからして、私が逃亡者であることを把握した上で匿ってくれているらしい。 少女の態度から見てもおそらく嘘はない、はず。 そこまでして私を泳がす意味はない。 しかし、緊張は解けない。 「じゃあ、なんで私は……」 となると、私はシンプルに負傷を負って、彼女に助けられたという形になるのだろう。ならばそれは一体? 記憶を漁る。今日は隠れ家で目を覚まし、手分けして物資を調達して、昼はヒヨリが持ってきた廃棄弁当を食べて─────。

4 23/03/21(火)22:57:31 No.1038826827

『えへへ……今日はちゃんと三人分もらえました……』 『やったね。最近ライバルが現れたからなかなか人数分揃わなかったし』 『辛かったですねぇ……。じゃあその、みんなで一つずつ選びましょうか』 『…………私この蕎麦弁当で』 『私はカレー食べようかな』 『え、いいんですか!じゃあ私が一番高いハンバーグ弁当いただきますね!えへへ……苦しかったけどいいこともありますね……』 『…………そうだね』

5 23/03/21(火)22:57:48 No.1038826933

「あ」 思い出した。 食べた後、急に息が苦しくなって……。 「お話を聞いた限りだと、おそらくおそばのアレルギー症状かと思います。食事の後痒みを訴えられてから、息が荒くなり、意識を失われたそうなので。これまでこのような経験はありませんか?」 「いや……」 無い。花粉症もアレルギーの一種だから、アレルギー体質と言われればそうなのかもしれないけれど、食べ物でアナフィラキシーを起こしたようなことはないはずだ。 しかし、思い返すと確かにこれまで蕎麦を食べた記憶もない。 「物心着く前にアレルギーが発症していたのかもしれませんね。本当に初めて接したものにアレルギー反応されることは珍しいですから」 落ち着いた様子で所見を述べる少女。私のような犯罪者に接するのはともかく、患者への説明には慣れているのだろう。護身用らしき銃を携えてこそいるが、前線に出るようなタイプには見えないし。 なんとか流れが読めて、少しだけ安堵した時だった。

6 23/03/21(火)22:58:01 No.1038827017

「あっ☆起きたんだ」 悍ましい声が聞こえた。 部屋の出入り口には、今度こそ確実に見覚えのある女。 同じ桃色の髪でありながら、騎士団の少女よりもさらに眩い光を放ち、くりくりとした大きい眼は無邪気な笑みで残酷に歪み、発されるオーラは初めてアツコを見た時と同じもの。 トリニティの中でも一際大きな翼は目が痛くなるほどの純白で、漏れ出る所作は確かな血統を示唆している。 彼女は、この女は。 「聖園、ミカ…………」 私たちの共犯者で、私たちの敵で、私たちを────。 「私のことなんか、覚えててくれたんだ。嬉しいな」 「忘れるわけないでしょ……」

7 23/03/21(火)22:58:15 No.1038827111

ケタケタと、妖のごとく笑うミカ。 私はこの女が嫌いだ。 嫌うという言葉が的確でないなら、苦手と言い換えてもいい。 リーダーや先生がどう判断したのかは知らないし、姫を助けることに協力してくれたのは確かだが、それとこれとは話が別だ。 好ましい敵がいるように、呪わしい味方もいるのだ。 ミカは騎士団の少女に目配せをして、この場から席を外すように訴える。 少女も察したようで、そばに置いていた銃等をまとめて準備をしてから、出て行く前に私に向かう。 「今後、おそばやそば粉の入った食材は口にされないように気をつけてください。もし万が一接種してしまわれた際はお近くの医療機関まで、もしそれが難しいようでしたらこちら──アドレナリンを投与する機器です──を使用されれば、軽度の症状は改善できるかと。本日はここに運ばれた時点ですでに軽快されてされて、回復されていましたので、歩けるようになられたら帰っていただいて構いません。それでは、私はこれで失礼いたします」

8 23/03/21(火)22:58:27 No.1038827182

最後にまとめて注意事項と何やらわからない棒状の道具を押し付けると、そそくさと立ち去っていった。 もしかしたらずっと付いていてくれたのかもしれず、そうならとんだ迷惑をかけたものだ。 今さらながら申しわけない気持ちを胸に抱きながら、私たちは2人取り残される。 「あはは☆久しぶりだねミサキ。エデン以来だから……何ヶ月かな?」 「なんであんたがここに」 「私がトリニティにいたらおかしいって?それとも檻の外にいること?前者ならここは私の学校だから、後者なら査問会で恩赦をもらったから。もうだいぶ前のことだけど……そうだね、あなた達には会ってなかったっけ」 飄々と、憎たらしいくらいに親しげに語りかけてくるミカ。 「それは、今この部屋にいることの答えにはなっていない」 「そっちならもっと単純、あなたを助けるのに私が一枚噛んでるから。というかお礼の一つくらいくれてもよくない?死にかけてたんでしょう?」

9 23/03/21(火)22:58:44 No.1038827279

やれやれ、とでも言わんばかりにわざとらしく肩をすくめる。 ミカはそんな動作ですら一挙手一投足が様になっていて、確かな血統と教育が根付いているのだと理解させられる。 見れば見るほど、吐き気を催すほど最悪なことに、雰囲気がとても姫とダブつく。 顔つきも体格もまるで似通ってないのに、ブルーブラッドの香りを下品に撒き散らしている。 「あなたが倒れた時、どんな理由なのか知らないけど先生に言うなーとか言ったらしくてね。アツコも困ったみたいで、他に頼れる相手もいないからってサオリに連絡を入れて、でトリニティの近場だったから、サオリが私に連絡して、私が騎士団の信用できる子───鷲見セリナって言うんだけど───その子に話をつけて、こっそり運んできたの。あの子ミネのシンパだから、たとえ犯罪者でも手を差し伸べずにはいられない。たしか、コンセプトは救護が必要な場に────」 「待って、話についていけない」

10 23/03/21(火)22:59:05 No.1038827400

確かに状況は知りたかったが、溢れんばかりの情報をペラペラと語られては理解が追いつかない。 先生に言うな?私はそんなみっともないことを口走ったのか。 命の危機でまで見栄を張るなんて、我ながら悠長で、そこまでいくと逆にダサいだろう。 それよりも。 「なんで、あんたがリーダーと連絡取れるの……?」 「え。だって私サオリのモモトーク知ってるし」 「それがなんで!?家出してから私もリーダーと連絡取れないのに……いや、それならなんでアツコは連絡取れたの?私が知らないところで仲良くしてたの?」

11 23/03/21(火)22:59:17 No.1038827463

突然声を荒げた私を見て、ミカはぱっちりとした大きな眼を、さらに丸くする。 私も自分で自分の大声に驚き、ハッと気づき言葉を切る。 冷静じゃない。感情に心が塗りつぶされている。 ミカは半ば独り言じみた私の追及を聞いてから、左手の人差し指を可愛らしく顎に当て、うーん、とうなる。 「そっちの事情は知らないけど、私はほら、クーデター起こすために緊急時はサオリと連絡取る必要があったからね。傍受されるかもーって話だったから、お互いに番号だけ覚えて実際に使うことはなかったんだけど。まあ失敗した後なら関係ないよね☆」 「……………うそでしょ……」 溌剌としたミカの態度を見て、学園を崩壊させようとした後ろめたさとか無いのかこの女は、と思ったがキヴォトスそのものを危機に陥れた私たちが言えることでも無いので追求することもできない。 何よりも。 「そうは言っても、私だって一応トリニティの生徒会長なんだし、生徒を守る義務は…………もうそんなに睨まないでよ」

12 23/03/21(火)22:59:28 No.1038827521

不満げに口を尖らせるミカ。 だが睨んでいたつもりはない。ただ、目が離せなかっただけだ。 顔が、匂いが、動作が、全て美しい。 戦場では火薬の臭いと煙で薄れていたが、何もない事態に目撃すると、なるほどこれは確かに彼女も『姫』と言えるのだろう。 聖園ミカの輝きは強すぎる。 産まれた時から定められた呪いのように肉体に染み渡る高貴さは、アツコと同じ、いや、むしろトリニティのティーパーティー、そのホストを任されたはずの身なのだから、こちらこそが正統なるロイヤル・ブラッドなのかもしれない。 ならば、紛い物にさえ奪われた私の心は、本家本元にも惹かれてしまう。 「そんなつもりは、ない。あんたもトリニティの生徒の味方なら、尚のこと私を助ける理由はないでしょ」 気を抜けば従順に垂れたくなる首を必死にもたげて、私は理性を保つ。 気持ちが悪い。吐き気がする。身体の不調ではなく、心態の異常。 私は今、聖園ミカに魅入られている。 そんな私の苦心に気付きもせず、ミカは持ち込んだらしいクッキーを頬張り始めた。

13 23/03/21(火)22:59:42 No.1038827601

「アリウスもトリニティの一派。それがあの事件で私たちが出した結論。あなた達が指名手配されてるのはアリウスだからじゃなくって、単純にやらかした事態の大きさから。私だって一応査問会受けて奉仕活動の最中なんだから、無罪放免ってわけじゃないんだし。ほとんど権力も無くなっちゃったから、これが精一杯の譲歩なのわかってほしいなあ」 ミカの言葉は正論だった。たとえ情状酌量から罪に問われないとしても、沙汰を受けない限りは容疑者のままだ。 そんな女を匿っているのだから、彼女も危ない橋を渡っていることはわかる。 だから感謝こそすれ、恨む理由なんてまるで無い。 「あんたに頼るくらいなら、先生の方がマシだった」 だけど私はその好意を突っぱねるしかない。 『聖女』であってもらっては困る。『魔女』でなければ困る。 そうしなければ私は見蕩れてしまう。

14 23/03/21(火)22:59:58 No.1038827702

「そこまで言う?ひどいなあ。私だってあなたのことは好きじゃないんだけど、サオリに貸しを作るのも良いかなーって思って助けてあげたのに」 ミカはつまらなそうに頬を膨らませ、わざとらしく泣き顔を作って見せる。 ついさっきはティーパーティーの義務と言っていたものが、リーダーへのマウント取りに変わっている。 どちらが本音で、どちらが建前なのだろうか。 いや、この女にその手の機微はない。本当に生徒会としてやるべきことだと思ってるし、同時に恩を着せたいとも思っている。 やりたいこととやるべきことがしっちゃかめっちゃかになる女。 百合園セイアへの嫌がらせ、という目的を満たすためのクーデターも、それ自体が目的にすり替わっているのにその矛盾を飲みくだし、目を逸らし走り続けた女だ。 「…………一度だけ」 私は歯を食いしばりながら、蕩けそうになる視線をキッと燃やして、彼女の言う通り、睨みつけるようにミカを見つめる。

15 23/03/21(火)23:00:13 No.1038827806

「一度だけ、あんたの頼みを聞く。それでチャラにして」 「…………わーお☆いきなり大胆だね☆あれ?ミサキって私のこと嫌いじゃなかったの?もしかしてサオリに迷惑かけたくないから?」 「………………」 私が両方の問いに無言の肯定を返すと、ミカも少々困ったような様子だったが、しばらく眼を瞑り、思考を巡らした後、ゆっくりと瞼を持ち上げると、気色が悪い完成された笑みを浮かべた。 「わかった。それじゃあ、必要な時があったら連絡するねミサキ」 ミカは、新たなおもちゃを見つけた子供のような無垢さで私に笑いかける。 吐いたつばは飲み込めない。 私は凄まじい嫌悪感を隠そうともしないまま、苦虫を噛み潰したような顔のまま、ミカと連絡先を交換した。 彼女はふわりとスカートを翻して、私に背中を向ける。 「じゃあねミサキ。今の時間は人が多いから、出ていくなら後30分くらい待った方がいいかも」

16 23/03/21(火)23:00:28 No.1038827902

ばいばーい☆。と言いながら、扉が閉ざされ、私はまた一人になった。 ミカの言う通り、窓からは複数の生徒たちの話し声が微かに響き、外に人がいることがわかる。 「はぁ……………………」 私は大きなため息を一つ付き、体を起こしたまま、上半身を折り曲げて掛け布団に頭を突っ込む。 埃もなく清潔な布は私の鼻腔を刺激することなく、ただ視野に暗闇を与えてくれた。 「姫に、会いたい」 ぽつりと、誰もいなくなった虚空に漏らす。 私たちスクワッドは、秤アツコに魅入られたことで野良犬から猟犬になった。ロイヤル・ブラッドを守る為の、番犬になった。 だが今その指揮系統は無い。 私は残飯を漁る野良犬に戻り、従うべき主を失い彷徨う捨て犬だ。 そして今日、私は聖園ミカの走狗になる約定を交わした。

17 23/03/21(火)23:00:41 No.1038827970

「やっぱり私は、リーダーなんて向いてない」 サオリに従うのは楽だった。やるべきことが明確だから。 アツコを守るのは誇らしかった。こんな私でも、貴いものの一助になれているのだと思えたから。 ミカに命ざれるのは、どんな気分なのだろう。 サオリのためなんて名目だったけれど、本当にそうなのだろうか。 私は番犬だ。 何かに従い何かを守り何かに遣われることが私の在り方だと言うのなら、せめて主人は選びたい。 姫の元に在りたい。 彼女こそが私の信奉対象なのだと認識したい。 これまでずっとスクワッドのみんなと一緒にいたから、一人になった私がここまで脆いとは知らなかった。 寄りかかる何かがそばにいなければ、あんな自己中な女にさえ尻尾を振ってしまうなんて。 顔を上げ、己の手を見やると、僅かに発疹の跡のようなものが残っている。 あまりにも敏感な肉体は、私の生にとって大きな苦痛だったけれど、今日新しい弱点が増えた。

18 23/03/21(火)23:01:03 No.1038828083

「血も、肉も、骨も。魂以外、全部入れ替えられればいいのに」 持って産まれたこの肉体を、取り替えたい。 私の魂の入れ物はここにしかなくて、肉体を捨てても魂ごと消え去る羽目になるなんて、そんなことはわかってるけれど。 死ねばそこまでなんて、わかっているけれど。 「私のままで、新しい私になりたい」 欠陥を失い、能力を得たい。 願う祈りは宙に消え、静寂だけが私を包む。 ミカは血も力も持っている。決して憧れなんかではないけれど、それでも、私より優れてることは確かだ。 あのように輝けたら、どれほど世界は魅力的に映るのだろう。それとも、自分と比較して、低俗なくだらないものとして認知するのだろうか。 頭の中で、スクワッドのことを見下す眼をしたアツコをイメージする。

19 23/03/21(火)23:01:23 No.1038828228

「バカバカしい」 妄想を振り払うようにかぶりをふる。自分がネガティブなのは元からだけど、今はさらに酷い。 ありえないことを想像して勝手にダメージを食らってる。 こんなところに一人でいるからだろう。 ミカは人が多いと言っていたが、一刻も早く姫と、ついでにヒヨリに会いたい。 私はバサリと布団から抜け出して、ベッドを降りたところで、ベッドの横に備え付けられている机に何か置いてあることに気づいた。 「制服……?」 綺麗に畳まれているのでわかりづらいが、おそらくトリニティの一般生徒が纏う制服だ。そして、その横にはメモ紙。 なぜここにこんなものが置いてあるのだろうと思いながらメモ紙を手に取ると、そこには『その格好だと見つかっちゃうでしょ☆これ貸してあげるから使っていいよ☆』といった、文言が載っていた。

20 23/03/21(火)23:01:36 No.1038828311

「くっ……」 書いてあることはもっともで、これもまたありがたいことに違いはないのだが、あの女からの施しが追加されたと思うと、ひどく癪に触る。 放り捨ててやろうかとも考えたが、個人的感情で合理を捨てるのも子供っぽい。 私は仕方なく服を脱ぐと、慣れない制服に四苦八苦し、なんとか胸のリボンを結ぶところまで完了した。

21 23/03/21(火)23:01:51 No.1038828409

一般生徒に紛れ込みながら、目立たないようにトリニティ校の校門を抜けると、見慣れた顔が見えた。 「あっミサキ、おかえり」 「──…………!──………─────」 普段通りに穏やかな姫。そしてその横に、姫の仮面を被って何やら手をマゴマゴと動かしている、ヒヨリであろう謎の人。 「姫、こんなにトリニティの近くに来たら危ないでしょ。私たちの立場を忘れた?」 「大丈夫だよ。私は事件の時ずっとマスクを付けてたから顔は見られてないと思うし、逆にヒヨリは顔さえ見られなきゃバレないよ」 「──────…………!!!!…………!」 悪びれない姫も姫だが、仮面のヒヨリは何を訴えたいのだろう。 たぶん手話なのだと思うが、下手くそすぎてわからない。姫の手話を何年見てきたのだこの子は。 私は嘆息して、ヒヨリのわちゃわちゃ動く手の読解を諦める。

22 23/03/21(火)23:02:09 No.1038828503

「とりあえず、ここから離れよう」 私が歩き始めると、姫が右側に、ヒヨリが左側にスッと入り込んでくる。 別に示し合わせたわけじゃないが、なんとなく安心する。 「ミサキ、身体大丈夫?」 「おかげさまで。…………ごめん、迷惑かけた。私がこんな肉体じゃなきゃ、もう少し行動の幅も広がるんだけど」 「んーん。私は何もやってないよ、ヒヨリもこう言ってる」 「─────……………!」

23 23/03/21(火)23:02:27 No.1038828606

だから、ヒヨリが何て言ってるのか私には分からないのだけど。 しかし、ああ。 チラリと視線を右に向ける。 姫の横顔を視認する。 仮面を付けないその顔は、依然として美しかった。 心が流されるという比喩が相応しい。さっき彼女の姿を見た時、心中が安堵で包まれた。 ミカに対して抱きかけていた慕情が全て塗りつぶされていくのがわかる。 そうだ。美しさや貴さの程度なんか関係がない。 私が奉じるのは彼女しかいない。 「ねえ姫、ヒヨリ」 「なに?」 「───………ぶはぁ!な、なんですかミサキさん」

24 23/03/21(火)23:02:41 No.1038828691

姫は私の顔を覗き込むように顔を下げ、ヒヨリはトリニティから離れたからか、姫のマスクを外した。 妙に真剣な二人に気圧されて、そこまで改まった話じゃないんだけど、と心中で苦笑する。 「サオリが出ていって、押し付けられて、私がリーダーの真似事してたけどさ、やっぱり私にはこういうのは向いてない」 「そうかな。色々やってくれてると思うけど」 「私も、このままでいいと思います。どうせもう三人きりですしね……あまり関係ないと言うか……」 姫はいつものからかうような顔つき、ヒヨリも悲観的に状況を捉えてなんかブツブツ言ってる。 「ううん。私は───姫に代わって欲しい」

25 23/03/21(火)23:02:56 No.1038828786

私は駒でいたい。とは言えなかった。 二人は私と違って優しいから、そんなことを言ったら、サオリみたいに私を縛る。 そういう配慮は、欲しくない。 駒がダメなら兵でも良い。騎士、と言うのは自惚れているけれど、姫に従う何者かでありたい。 姫は依然として微笑を湛えたまま、見透かすように私を見つめて言う。 「私がリーダーになったら、ミサキは私の命令に従うの?」 「まあ、そうなるね」 「どんな時でも?」 「可能な限り」 「どんな内容でも?」 「…………善処はする」

26 23/03/21(火)23:03:07 No.1038828852

言葉は嘘じゃない。 ヒヨリの言う通り、もう形ばかりのスクワッドが命を懸けるような大げさな事態に巻き込まれるなんて思わないし、姫が私を使い潰すとも思わないけれど。 もし、姫のために潰れられるのなら、それはそれで本望だ。野垂れ死ぬ犬っころをただ眺めてくれるのなら、それだけで私は満足して死ねるのだと思う。 ただ、姫の問いは明らかに何かを狙っていて、表情もいたずらっ子のそれだった。 「─────わかった。じゃあ、今から私がリーダーやるね」 姫は目を閉じながら頷くと、歩く私の前に躍り出る。 器用に後ろ歩きをしながらぱっちりとした眼を開けて、上目遣いに私の顔を見つめてくる。 その可憐さに、一瞬息を呑んだところで、姫がまた口を開く。

27 23/03/21(火)23:03:23 No.1038828935

「じゃあリーダーからの命令。サッちゃんの代わりはミサキがやること、それと私の仕事もミサキがやること」 「…………は?」 「私の言うことは聞くんでしょ?」 いや、確かにそうは言ったけれど。 トンチのような話だ。 子供じゃないのだからそんな屁理屈が通るわけが、と考えたところで、"あの人"の顔が脳裏に浮かぶ。 私のことを、私たちを子供扱いしてきたあの大人のことを思い出す。 「……わかったよ。じゃあこれまで通りってことで」

28 23/03/21(火)23:03:35 No.1038829024

なんとなく手玉に取られたようでちょっと胸がムカついたから、不愉快でもないのにあえてぶっきらぼうに答える。 ヒヨリは、私の心情まで読んだわけではないだろうが、何やら話がまとまったことは理解したので、ほっとしたような様子。 姫は、どうだろう。サオリみたいに、私に枷を付けたかったのかもしれず、ずっとあの笑い顔を浮かべている。 別に、"あの人"の扱いに甘えるわけじゃない。私たちが子供だと認めるわけじゃない。 ただ、サオリの命令でまとめ役をやって、姫の命令で代理リーダーをやるのなら、それは彼女たちに従っているということだから。それはそれで悪くないのかもしれないと、思っただけ。 命ぜられていることに代わりはない。それなら私の心は安定する。 「あの、ミサキさん。さっきから気になっていたんですけど、その服どうしたんですか」 「ん?ああこれ……」

29 23/03/21(火)23:03:49 No.1038829124

ひと段落ついたところで、ヒヨリがおずおずと聞いてくる。 そうだ、すっかり忘れていたが、今の私はトリニティの制服を着っぱなしだった。 隠れ家に付いたら脱がなきゃ。 「脱出の時便利だったから。私にこんなの合わないけど、仕方ない」 「そうかな。かわいいよミサキ」 姫に言われても褒め言葉に聞こえない。 「似合ってますよミサキさん」 ヒヨリに言われても……というか、こういうのはヒヨリの方がまだ合うと思う。

30 23/03/21(火)23:04:09 No.1038829259

「私たちもいつかその制服が着れる時が来るかもね」 「そんなこと、あるんでしょうか」 「…………バカバカしい」 アリウスはアリウスで、トリニティとは違う。 植え付けられた憎しみが急に消えることはない。 何やら改心したらしいミカでさえ、ゲヘナとの確執が治ったわけではないらしいし。 アズサとサオリが特別なんだ。彼女たちは元々憎しみなんか持っていなくて、ただ自分の守りたいものだけを見ていた。 それは誇りだったり、家族だったりして。でも私はあそこまで高潔にはなれない。 終わったことが、終わったこととは思えない。 だから私は世界を広げようとは思えない。

31 23/03/21(火)23:04:19 No.1038829310

「?どうしたのミサキ、そんなに見て」 この『美しい姫』を守るものであれば、それでいい。 私が美しくなれなくても、美しさを守れるのなら、この汚れた心と肉体にも価値があるのだと、そう思えるかもしれないから。

32 23/03/21(火)23:04:35 No.1038829394

fu2031381.txt

33 23/03/21(火)23:07:22 No.1038830323

力作が来たな… ちなみにアナフィラキシーショックは一度軽快したあとアレルギー源を摂取しなくても24時間以内に勝手に再発する事があるから注意が必要な怖い病気

34 23/03/21(火)23:14:08 No.1038832626

軽い気持ちで読み始めたら思っていた以上に量あった… ミサキいいよね

35 23/03/21(火)23:23:16 No.1038835605

よかったよ

36 23/03/21(火)23:30:35 No.1038838248

>力作が来たな… >ちなみにアナフィラキシーショックは一度軽快したあとアレルギー源を摂取しなくても24時間以内に勝手に再発する事があるから注意が必要な怖い病気 知らん……こわ……まあキヴォトス人だから平気だろ……

37 23/03/21(火)23:30:51 No.1038838333

いつかでいい ミサキが報われてほしい

38 23/03/21(火)23:37:50 No.1038840772

>ミサキいいよね いいよね…… スクワッドは全員自分の命の価値を低く見積もってるんだけど姫サオリアズサは自分よりも仲間の命を高く買ってるから自己評価死んでるように見えるところがあるんだよね 特に姫は割と自己愛強めで自分に価値があるからこそ価値ある仲間を救うための代替品になりうるという判断ができるわけで ヒヨリも自分に価値がないからこそ周りの価値あるものを摂取することで人生そのものを楽しんでる ミサキは自己はもちろん家族以外にすら価値を見出していないように見える 極端な話自分含む世界が滅びてもスクワッドさえあればそれでいいやと思えそうなレベル 家族を高く買うのではなく全てのモノに価値を見出してないからそもそも値札が付いてるモノが少なすぎる ばにたす……の精神が一番強く刷り込まれてる そして行動の流れから見てミサキの最高優先度はスクワッドの中でも特に姫 サオリアズサミサキはみんな姫の高貴さに脳灼かれてるけど全てが虚しいミサキですら高貴さを感じるという点でやっぱミサキの中の姫は頭抜けてると思う という発想から書きました ミカのこと嫌いなのはアツコと同種なのに好みからガンガン外れてるからかなと思ったり

39 23/03/21(火)23:43:00 No.1038842678

あいつ

40 23/03/21(火)23:45:05 No.1038843378

アレルギーって基本いつなるか分からんもんだからなマジでやばい

41 23/03/21(火)23:46:56 No.1038844037

免疫反応だから怖いねアレルギー…いやほんと

42 23/03/21(火)23:47:50 No.1038844377

ミサキとミカの絡みは見てぇって思ってたから助かる…

43 23/03/21(火)23:49:33 No.1038844994

あの真っ白い制服に袖を通す4人組を見たくないかと言われれば嘘になる いやまぁある程度はデザイン変えれるだろうけど

44 23/03/21(火)23:59:37 No.1038848257

急に物凄い量の文が来てビックリした ありがたい…

45 23/03/22(水)00:01:06 No.1038848731

力作助かる… 育成素材の変更でもない限りアリウスであり続けるんだろうけど制服姿は確かに見てみたいな…

46 23/03/22(水)00:03:50 No.1038849643

「ダブつく」にはダブって見えるって意味はない筈 気になったので一応

47 23/03/22(水)00:06:35 No.1038850520

ミサキは仲間みんな好きなんだろうって感じが伝わってきて好き…

48 23/03/22(水)00:06:55 No.1038850634

>「ダブつく」にはダブって見えるって意味はない筈 >気になったので一応 マジ? マジじゃん ダブるに変えとこ

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