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23/03/09(木)23:20:32 「ふあ... のスレッド詳細

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23/03/09(木)23:20:32 No.1034580774

「ふああ……」  相変わらず夏の放課後ってやつには、雨の匂いが不思議なくらい付きまとわない。湿気、朝夕で比べられるほどの変化なんてない、梅雨時よりはマシってくらいの嫌悪感。温度、アスファルトがまだまだ熱い、冬にも利用したいくらいの地熱感。やる気なくすよねえ、なんていうか。  呆れ混じりに太陽の方を見てみれば、まだまだ元気まんまんって感じ。秋終わりから急にやる気をなくすくせに、夏にばっかりまぶしくって。もっとさあ平均的に明るくなりなよ、そう毒づいてみても太陽は何も答えちゃくれない。  そりゃそうだ、だって私の恨み言だもんねえ。まあ、いいか。今日はこれくらいにしておこう。なんて、下らないことを頭の隅っこで考えながら私は、彼に握られているせいで妙に強張っている右手のほうに意識をやる。彼、トレーナーさんの反応は彗星の速度と大体イコールだ。 「実際のレース場での練習試合は疲れたか?」 「練習試合って。ただの模擬レースでしょもう、野球やサッカーじゃないんですから。ちょっぴり頭に空気が欲しかっただけですよ」

1 23/03/09(木)23:21:27 No.1034581042

 見抜かれてしまいそうな強がりを投げて、私は明後日の方向に視線を戻す。府中駅に至るまでの短い道のりをいま、私たちはなぜか手を繋いで歩いていた。  どうしてか?  わかんないよ、そんなの。  やっぱ普段と違うところでの練習ってまあまあ疲れるからさ、帰る間際に何の気なく問いかけてみただけなんだ、今日は先導お任せしますねって。そしたら、じゃあ行くかって。私の手を握って歩き出したんだ。 「流石に負ぶってはあげれないから、駅までは頑張ってくれよ」 「はいはーい、あふ……」  まあ、なんで今もつなぎっぱなしなのかって聞かれると、返す言葉に困るんだけどさ。変に照れるのもなんか悔しいじゃん、だからずっとこの道のりを繋いだまんま歩いている。別に、嫌ってわけでもないし、ね。 「ああでも、ちょっと寄り道したいかも知れん」 「寄り道ってこっからですか?」 「まあどっかのスーパーとかでいいんだけど」 「ええ? なに買う気なんですか?」 「いやあ、コロッケ食べたいなって思って……」

2 23/03/09(木)23:22:13 No.1034581247

 日常を呟くあなたのせいで、口元がゆるむのがいやだ。にへら笑いを浮かべちゃったら、握った手のひらにまで異常が伝わっちゃいそうだ。自分を引き締めるために唇を引き絞ろうとしたとき。 「あ、そうだ」 「なんですか、いきなり」 「スカイが思ってそうなこと、当ててみよっかなって」 「勘弁して下さいよ。あとセイちゃんの得意技取らないで」 「たまにはいいだろ、というか前々から言いたかったことでもあるし」  前々からって何だろうって、私が疑問を尋ねるよりも早く。咳払いだけを前に置いてから彼は、私の方は見ずに空を見上げたまま、普段通りの口調で。 「少し、疲れたなって。思ってるだろ」  それだけを、伝えてくれた。 「……まあ、そうかもね」  パステルカラーの感傷を弄びながら、感情を明確な言葉にしないまま、溜め息と共にこの毒にも薬にもならないお話を終わらせる。ああ、なんかすっごい不思議な気持ち。トレーナーさんの言葉選びのせいでなんか伝わっちゃった、いつもよりもずっと。  そんな風に大切にしてくれることに対して、私は何も返せないけどさ。 「あのさ、ちょっとだけ」

3 23/03/09(木)23:23:09 No.1034581524

 素直になれない私は今日も、伝えられない気持ちを今日も今日とて抱えたまま、じっとりしっかりと日々を過ごしていく。それが嫌かどうかについては、その日の気分次第によるけども。どんな選択をしたって結局、選択に合わせて心は震え続けていく。 「質問っていうか……聞いても、いい?」  握ったままの右手にちょっとだけ力を込めてみる。痛いと思われない、緊張してるとも思われないくらいの力強さで、いま確かなこの繋がりを握り締めてみる。 「うん、いいよ」 「トレーナーさんって私のこと、どれぐらいわかってます?」 「ん~……」  そんな中で、彼はいつも。 「さあ、ね」  私の思惑とは裏腹な、ずるいような微笑みを返すんだ。 「いやいやいや、さあねってズルくないです? 逃げないで下さいよお」 「逃げっていうか……俺の中じゃまだ分かってないことばかりだからな。推し量れないよ、そう簡単には」 「じゃあ、どこまでなら……」 「……意外と抜けてるところがある、くらい……?」 「うーわー、卑怯だ、真面目に答える気ないでしょ。やっぱ逃げてるじゃないですか、ぶーぶーぶー」 「でも、これが俺の答えだよ」

4 23/03/09(木)23:23:48 No.1034581735

 だって、そう言い訳のように呟いてから。トレーナーさんは、私の方を向いて。 「今はまだ俺、夢を見てる最中だから」  そう、それだけを。嬉しそうに言った。 「ええと……夢?」 「ああ、夢。こんなに凄いウマ娘に……いいや、君が描いてる夢についていけてるって、そんな夢」  私だけが握っていた、そう思っていた右手に、私とは違う場所にある力が加わる。視線が、体温が、彼の照れる仕草が、様々なものから伝わってくる。 「俺は夢っていう渦の中にいるんだ。けど、この海にはずっとは居られない」  歩くスピードは特に変わらぬまんま、緊張とかも特になく彼は訥々と続ける。 「でも、もっともっと頑張れば、多分。俺はこの渦中から光明を掴んで、温かい夢の海から上がって何かに着ける。現実に確かな理解が追い付いてくる。もちろんそのためだけじゃないけれど、俺はさ。夢を叶えたあとの、現実のスカイが見たいんだ。それが俺の紛れもない、夢」

5 23/03/09(木)23:24:15 No.1034581850

 ああ、ああもう。なんなのこのひと。いっつもいっつも私のことをおかしくさせて。夏の暑さにも負けないくらいに耳の先までが燃えるように熱い。目線は揺らぎっぱなしであなたのことをまっすぐ見れない。 「いたたたたっ! 痛いって! 痛い痛い、スカイちょっ……!」 「で、でもさあ! 現実って、すっごく残酷じゃん!」  お子様から脱しきれてない私にだって、わかる。とぷん。ちゃぷん。ぴちょんにはならないくらいしっかりと。大人と子供の境界線を示せるような水彩絵の具に、あなたはその指先を浸している。 「無理、してでも、さあ……」  握った手の力を緩めながら、言葉を絞り出す。大人ってのはタイヘンな生き物だ。三百六十五と続いてく日々に、まじめでつまんない現実感を反映させながら生きなきゃいけない。 「夢を見たまんまじゃ……いられないの?」  子供とは、違う。まぶたの裏にあるだけのきらびやかなフルーツタルトみたいな、見えない妄想を追ってたって前には進めない。 「まあ、そうしたいのは山々だけどさ」  沸き立つ感傷の八割を投げ捨てて、新しい明日の現実を必死に掴み取ろうとしてるんだろう。

6 23/03/09(木)23:24:58 No.1034582080

「残酷だからこそ、真面目に頑張らなきゃ。そしたらきっと、努力に見合うぐらいのものはきっと。現実は返してくれるからな」  そうしたらきっと、成功も失敗も受け入れられる。結局さいごに一番大事なのは、自分のしでかしたことに理由をつけて、そのうえで納得できるかどうか。真理はいつも近くにある。時の道行きって始まってしまえば戻れないし、終わってしまえば取り返せないものだから。人生ってやつがそんだけおかたいものなんだったら、どうせだったら私はシンプルにストレートに生き抜きたい、大手を振って胸を張ってこの人生を。 「それに見合うだけのものはさ、返してほしいからな!」  握った手を私たちの目線まで持ってきて、爽やかに笑う。 「……ありがと、トレーナーさん」  そこまでされたら、もう。私はもう、何も言えない。 「……あのね」  でもね、これだけは聞いてね、トレーナーさん。 「うん、なんだ?」 「私ね……」  あなたが懸念しているような、ことなんて。  向き合っているこの海に対して、泳ぎ疲れちゃっただなんて。 「終わりたくないなんて思ってませんから、それについては安心してください」

7 23/03/09(木)23:25:41 No.1034582352

 そう、なんにも思ってなんてないから。今日はまだ、歩いて帰ろう。この感傷を拭うにはきっと、一歩一歩を確かめながら前へ前へと進まなきゃ。繰り返し、繰り返して更にもっと繰り返す、目前に広がる未来への展望の更に先を。 「……そっか。分かったよ。なら胸を張って、安心しとく」 「ん……んふ。にゃはは……どーも」 「はは……なんか、しんみりしちゃったな。なあ、他に何か言っておきたいこととか……」 「じゃあじゃあトレーナーさん、ここで一つ提案なんですけど!」 「ああ、なんだ?」 「こっから……スーパー以外にも。カラオケとか寄って帰りません?」 「今から歌ったら門限当たり前のように超すだろ! 二人で何時間歌えると思ってんだ!」 「にゃはは、それもそう!」

8 <a href="mailto:おわり">23/03/09(木)23:26:33</a> [おわり] No.1034582650

 目の前に暗いものがあるとは思ってないけれど、それでもなるべくは斜めでも横でも後ろでもなく、前だけを向いていたいから。 「じゃあ、さ!」  だってさ、考えてもみてよ、ねえ。 「また、こんど!」  いまのところは、さ。はじまりのおわり、ぐらいの位置なんだよ。 「また、今度に。また、その……一緒に、来ましょ!」  この感傷をみないふりするのは、まだ。 「ああ、また。また今度……な!」  答え合わせにはまだ、早いと思うから。  胸に収めて味わおうよ、『私たち』ってお話がピリオドの場所に来るまで。  それまでは、まだ。だから、さ。手をつないだまんま帰ろうよ、今日はさ。  あなたのなかにあるだろう、感傷に満ちたセイウンスカイを塗り替えられるくらいに私が強くなるまで。頑張ろうよ、私!  だから、ここで笑わないのは、また。  また、後で。ね!

9 <a href="mailto:s">23/03/09(木)23:29:30</a> [s] No.1034583633

スカイの幻覚を見たくなったので… ちょっと長くなっちゃったけどお許し下され…

10 23/03/09(木)23:33:57 No.1034585211

久々にいいスカイ怪文書読んだ… 自分の脚で前に進むのいいよね

11 23/03/09(木)23:40:36 No.1034587676

くそっ…じれってえなこの2人!

12 23/03/10(金)00:10:42 No.1034597637

いいね…

13 23/03/10(金)00:44:59 No.1034609374

素敵だった…

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