23/03/02(木)17:10:37 ……と... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1677744637157.jpg 23/03/02(木)17:10:37 No.1032135836
……とにかく腹が減っていた。 私は攻撃母艦〈ブリタニア〉に搭載されたスチールラインの海兵隊ユニットに、一度も指揮官モデルの直接指揮を受けたことがない予備部隊があるというので来てみたのだが、練度こそ低いものの予想を上回る熱意だった。つい指導に熱が入りすぎてしまい、気づけばもう午後三時過ぎだ。
1 23/03/02(木)17:10:55 No.1032135922
「食堂も閉まっているか……」 予定では教練のあと士官ミーティングを視察するはずだったのだが、とっくに始まってしまっていて、今から顔を出すのも何か気まずい。別の艦に出向いているバンシーが、夕方に私を拾ってオルカへ戻ってくれる予定なので、勝手に切り上げて帰るわけにもいかない。 これはどうやら、昼飯を食べそこねたかもしれん。オルカに戻るまで我慢して、急いで何か腹に入れるしかないか。そんなことをもやもやと考えながら、あてどなく艦内をぶらついていると、 『備蓄糧食バザー』 という張り紙が目に飛び込んできた。そういえば、解散間際にレッドフードが何か言っていたのはこれか。 〈我々といっしょに保管されていた装備の中に、食料品があったので放出中であります。マリー隊長も、よろしければお越し下さい〉
2 23/03/02(木)17:11:09 No.1032135965
「備蓄糧食か……」 矢印にそって進んだ先に、一つの部屋があった。中をうかがってみると、どうやら士官用の喫茶室だった場所らしい。比較的上等なテーブルの上に缶詰やら小箱やらが積み上げられ、横にはポットがいくつか並んでいる。その向こうには食事のための席があるが、客はほとんどいないようだ。 スチールライン純正の戦闘糧食の味など、もう覚えていない。美味いものではなかったのは確かだ……何しろ封印艦隊といっしょに眠っていたものが今も食べられるというのだから。 (食べてみるかな……50年ぶりくらいに。どんな気分だろう) 部屋に入ると、店番らしきイフリートがさっと敬礼した。教練にはいなかったから別の部隊か、うまくやって抜け出したのだろう。 「売れているのか」 「ごらんの通りであります」 肩をすくめて手を回した室内には、ブラウニーが二人ほど、もそもそ食事しているだけだ。私を見て立ち上がって敬礼しようとしたのを、手を振ってやめさせた。受付にあるボール箱には「寄付 お気持ち次第」とマジックで大書され、ツナ缶が一個だけ入っている。
3 23/03/02(木)17:11:25 No.1032136030
「はじめは値段をつけてたんですが、誰も買わないもので」 「そんなに不人気なのか……」 逆に興味がわいてきた。私はポケットを探って、将官専用のツナ缶兌換トークンを二、三個寄付箱へ放り込むと、積み上げられた大量の戦闘糧食からてきとうに取ってテーブルについた。 アルミパックのジュース飲料。同じくアルミ包装のエナジーバーに、缶詰のソーセージ。 「ま、こんなものだろうが」 まずはジュースにストローを挿して一口吸う。この、ワザとらしいオレンジ味。 続いて缶詰を開ける。赤黒いスパイス・ソースにひたった小さいソーセージを、付属のプラフォークで一本口に入れた私は目を見張った。 (……なんだ、これは!) 不味い。オルカで食べるソーセージよりもずっと不味い。肉が違うのだろう。
4 23/03/02(木)17:11:40 No.1032136099
しかし、ただ不味いというのとも違う。もう一本、口の中で噛みしめてみる。合成結着肉の継ぎ目からしみ出すソースの舌を刺す辛味ときつい塩味の向こうに、なにか妙に惹かれるものがある。舌の上でそれを思い起こそうとしながら、私はさらにエナジーバーの封を切り、灰色がかった黄土色の、ずっしりとした直方体をかじる。 (うわ、なんだこの、固くて臭くて……まるで壁土を食ってるようだが、まずくない。決してまずくないぞ!) ああ、うまい。なんだか懐かしい味だ。 ボソボソのエナジーバーに口中の水分を持っていかれ、ジュースで補う。甘ったるくなった舌をスパイスソーセージで洗う。悪くないサイクルだ。気がつくとソーセージとエナジーバーをきれいに平らげ、パックも空になっていた。 「うーん……」 こんな代物で、という悔しい気持ちもいささかあるが……まるで足りない。私はテーブルを立ち、大股に受付へもどった。 「おかわりをもらおう」 イフリートが目を丸くする。私はトークンをもう一つかみ取り出すと寄付箱へ投げ入れ、今度は落ち着いてじっくりと箱の山を物色した。
5 23/03/02(木)17:11:51 No.1032136138
炒飯にローストビーフ。そうだ、このあたりが定番だった。ビスケットとレバーペースト。キムチ。うんうん、いいじゃないか。もうここでしっかり食べて、遅めの昼食にしてしまおう。春雨の煮物なんかもしゃれている。 「となるとデザートもほしいが……ヌガー・バーがあるか」 汁物も必要だ。インスタントココアに……わかめスープ。バランスがよくなってきた。 「おっと、こいつも抜かせない」 コンビーフの缶を見つけて取る。やっぱりパン粉入りが私の知っているコンビーフだ。 箱を積み上げて戻っていく私を見て、イフリートが呆れた気持ちを顔に出さないよう努めているのがわかる。 「支払が足りないか?」 「いえいえ、持ってってくれるだけ嬉しいです。ポット一つ、テーブルへお持ちしますんで」
6 23/03/02(木)17:12:09 No.1032136194
全部並べて、ポットとプラカップも置くと、小さなテーブルは満杯になった。 「ううむ、結構すごいことになってしまったな」 まずは炒飯の外袋を開け、ローストビーフのパックを一緒に入れて、袋の口から出ているビニールの紐を引き抜く。待つほどもなく中の加熱剤が熱くなって、スパイスの匂いのする湯気が立ちこめた。レストランなら迷惑になるところだが、さいわい他には誰もいない.奥のテーブルのブラウニーもいつの間にか食べ終えていなくなっている。カップの一つにココア、もう片方に乾燥わかめスープを振り入れ、湯をそそいでかき混ぜる。なんだかちょっと楽しくなってきたぞ。 缶詰とレトルトのパックを片端から開けていく。ぶよぶよした春雨を一口すすり、ひたすら硬いビスケットに、臭くて固いレバーペーストを無理矢理なすりつけて噛みやぶるように食う。こんなものでも、何度もよく噛むと小麦粉の甘みがほのかに感じられてくるものだ。 スープを一口すすって、コンビーフへかぶりつく。混ぜものをした粉っぽい肉の味がたまらなく懐かしい。食べるそばからますます腹が減っていくようだ。
7 23/03/02(木)17:12:19 No.1032136237
(そうだ……これは新兵の、ロールアウトしたばかりの頃キライだった味だ) いつだったか滅亡のメイが,口をきわめてこのコンビーフを罵っていたことを思い出した。 〈スチールラインではどうだか知らないけど、ドゥームではこれを食べ物とは呼ばないわ。泥とよく混ぜて塀でも建てたら?〉 昔のメイはとにかく口が悪かった。ナイトエンジェル大佐の舌鋒の鋭さがとかく取り沙汰されるが、あれは間違いなく上官とのやりとりの中で研ぎ上げられたものだ。 (まあアイツも、最近は随分と……) 今のメイは昔と比べて格段にふところが深くなったというか、戦術指揮以外の部分でもぐっと円熟して安定感が増してきた。ブリーフィングの時の閣下へむける眼差しを見れば、何が原因なのかはわかる。バンシー中尉が今日〈カレリア〉に行っているのも、メイが新しくまとめ上げた戦術マニュアルを教練するためだとか。 (塀でも建てたら、か) 司令官の来るずっと前、明日の勝利どころか命もおぼつかなかった頃の話だ。コンビーフをもう一口かじると、肉が藁クズの塊のようにワサッと崩れて口の中へ入ってきて、噎せかえりそうになった。 「……建つかもしれん」
8 23/03/02(木)17:12:29 No.1032136275
油っぽいベタつきが熱さで辛うじてごまかされている炒飯をかき込み、頑丈なローストビーフを噛みちぎる。軍用ローストビーフというのは顎が疲れるものだったと、久しぶりに思い出した。箸休めに、野菜がぐたぐたに崩れた酸っぱいキムチをかじる。 (このキムチは正解だったな)脂っこいおかずばかりの中で、辛味と酸味が舌をさわやかにしてくれる。これだけは年月のおかげで、熟成が進んで味が深まっていると表現できないこともない……いや、やはり無理があるかな……。 「ふーっ……」 最後にもう一杯ポットから湯をそそぎ、粘っこく歯に吸いつくヌガーを洗い流して長い息をつくと、テーブルの上には折り重なった空の包みだけがあった。 (ずいぶん食べてしまったな) さすがに満腹だ。 私は最後にもう一個、コンビーフを土産に取ってトークンを寄付箱へ投げ込むと、イフリートの敬礼を背に受けて部屋を出た。
9 23/03/02(木)17:12:39 No.1032136318
甲板に上がると風が強かった。 空は青からだんだんに白んで、うっすらとしたオレンジ色に変わりかけている。 バンシーが迎えに来る予定時刻まで、あと七分。時間に正確なドゥームならもう連絡が入っていい頃だが、まあ構わない。今はもう少し、風に吹かれて歩きたい気分だ。 なんなら久しぶりに海の上を飛んで、向こうに見える〈カレリア〉まで出向いてもいい。ちょうどいい腹ごなしになるだろう。 一杯になった腹をさすりながら、私は得体の知れない、奇妙な満足感を味わっていた。
10 23/03/02(木)17:12:53 No.1032136376
「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」 「遅刻はしなかったのだから、気にしなくていい。……久しぶりに、面白いものを食べてな。ゆっくりしたかったところだ」 「奇遇ですね。私も、とても美味しい食事をいただいてきました」 「ほう、戻ったら聞かせてくれ。そうだ、メイに土産もあるんだ。渡しておいてくれるか」 「もちろんです、ありがとうございます。隊長もお喜びになるでしょう」 「さあ、それはどうかな……」 「?」 End
11 23/03/02(木)17:14:30 No.1032136754
昨日の続きでした まとめ fu1972371.txt
12 23/03/02(木)17:18:38 No.1032137709
こんな不味そうな食糧楽しそうに喰うバイオロイド初めて見た
13 23/03/02(木)17:22:12 No.1032138633
懐かしい味は不味いもんだがなぜかやめられなくなるのはわかる
14 23/03/02(木)17:29:21 No.1032140350
一応ちゃんとレーションなんだな 軍用の安いバイオロイドの食事って得体のしれん栄養ブロックみたいなもんかと
15 23/03/02(木)17:31:56 No.1032141016
まずそうなのに美味い描写がいいね たまには近所のクソまずいラーメン屋行ってみるか…
16 23/03/02(木)17:34:12 No.1032141607
お腹へった…
17 23/03/02(木)17:34:52 No.1032141765
チキンラーメンのパチモンとか駄菓子食ってるとこうなるな…
18 23/03/02(木)17:36:17 No.1032142145
原作の方の孤独のグルメだと美味いもの食ってるとは限らないよね
19 23/03/02(木)17:37:46 No.1032142521
地下何百メートルの鉱山で製造から5年で廃用になるまでカンヅメなダッチガールやLRLなんかはどんなの食ってたんだろう 地の底まで運ぶのがアレだからそれこそカロリーブロックと水だけとかかな
20 23/03/02(木)17:38:43 No.1032142769
ナディアちゃんがジャム塗ったパン食べただけで涙流してこんなおいしいもの今まで食べたことない言うくらいだもんな…
21 23/03/02(木)17:39:12 No.1032142889
この手の食糧は食べたことないけどメイの罵倒の切れ味が酷すぎて笑う
22 23/03/02(木)17:41:30 No.1032143482
バイオロイドの栄養補給なんかに旧人類配慮してたのか?
23 23/03/02(木)17:42:30 No.1032143770
>バイオロイドの栄養補給なんかに旧人類配慮してたのか? ペットフードくらいの基準はあったんじゃないの
24 23/03/02(木)17:43:33 No.1032144036
思い出の味枠なのかもしれんが前回との落差がすごい
25 23/03/02(木)17:44:02 No.1032144166
>ナディアちゃんがジャム塗ったパン食べただけで涙流してこんなおいしいもの今まで食べたことない言うくらいだもんな… あれ採用されていつもみたいにがっつり作画されてたら耐えられなかったと思う…
26 23/03/02(木)17:49:51 No.1032145881
>地下何百メートルの鉱山で製造から5年で廃用になるまでカンヅメなダッチガールやLRLなんかはどんなの食ってたんだろう >地の底まで運ぶのがアレだからそれこそカロリーブロックと水だけとかかな 人間より活動カロリーは必要だけどオリジンダストで悪いもの食べても大丈夫だから 人間向けなら検査ハネられるような不純物だらけの栄養粉末を廃油と事故米なりのデンプンなんかで固めたようなペレットとかそんな感じのモン食わされてたんじゃないかな どうせ5年のうちにボロボロなるし生き残ってもパークC地区送りになるんだし
27 23/03/02(木)17:50:44 No.1032146106
旧人類はさあ…
28 23/03/02(木)17:51:41 No.1032146372
プリオンなんかもバイオロイドなら大丈夫だから肉骨粉を入れない手はない バイオロイド自身の肉も入ってるかも…
29 23/03/02(木)17:53:51 No.1032146903
頭旧人類め
30 23/03/02(木)17:54:35 No.1032147079
飼料用トウモロコシでも食わされてると思ってた
31 23/03/02(木)17:56:31 No.1032147586
鉱山送りになった先生があっという間に駄目になってるからなぁ…
32 23/03/02(木)17:58:26 No.1032148101
人類がいなくなってラビアタがレジスタンスで一応バイオロイドの長になってから人間が食うようなモン食うようになっていったのかな 旧人類がいたころはソワンやアウローラみたいなん除いて家畜のエサだろ
33 23/03/02(木)18:06:15 No.1032150313
ブラウニーみたいな1000万円で替えが利くようなモンにまともなメシなんて食わせるかというとぬ
34 23/03/02(木)18:10:20 No.1032151431
伝説なんて使わない時はスリーブモードにして倉庫保管だからな 飯食わせる辺りまだ生き物として扱ってる
35 23/03/02(木)18:11:50 No.1032151882
おお連作とは珍しい…ありがたい…