23/03/01(水)17:09:40 「……こ... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1677658180263.jpg 23/03/01(水)17:09:40 No.1031827148
「……このNo.23までが基本コンバット・マニューバになるので、各自十分に訓練しておいてください。今後、オルカとの共同作戦などがある場合、ここまでは全機修得済みとして戦闘計画が立てられることになります。No.24以降は補助的なものですが、私たちの経験では特に25、41、42、43の使用頻度が高いので、修得しておくことを勧めます。 訓練はここまでとします。お疲れ様でした」 「「ありがとうございました!」」 私と同じバンシー型を先頭に、甲板上に整列したドゥームブリンガーの飛行隊員たちが一糸乱れぬ敬礼をしました。
1 23/03/01(水)17:09:57 No.1031827221
北極海、攻撃母艦〈カレリア〉。 私、バンシー714は今日、戦技指導のためこの艦を訪れています。 ドゥームブリンガーの基本戦技は、最近になってがらりと変わりました。いや、実際にはだいぶ前から変わっていたのだけれど、それがようやく最近公式のものになったと言うべきでしょうか。 「私たちにこのような戦い方ができるとは、これまで想像しませんでした」 解散していく飛行隊員たちの中から、〈カレリア〉のバンシー隊のリーダーを務めるバンシー9902が進み出てきて、私に声をかけました。バンシー型はあまり表情がゆたかな方ではないけど、同型機の私には、彼女が興奮しているのがわかります。 「私もです。司令官様と、メイ隊長に感謝しています」
2 23/03/01(水)17:10:12 No.1031827279
消耗が前提の、いわば一山いくらの使い捨て兵器だった私たちドゥームブリンガーの下位隊員は、司令官様のもとで、一人一人かけがえのない命を持った存在として扱ってもらえるようになりました。それはとても、すごく、言い表しようもないほど素晴らしいことですが、大変なこともありました。ドゥームブリンガーには、私たちを一人も死なせないことを前提にした戦術などなかったのです。 たとえばバンシー型の急降下爆撃ひとつとっても、被撃墜率を七割に抑えるのと、ゼロにするのとでは、飛行マニューバはもとより陣形も、火力支援体制も、爆撃を選択するべき局面の基準さえも、何もかも違ってきます。ドゥームの戦術のうち半分ほどは、上から下まで練り直しが必要になりました。私やレイス大尉が復元された頃にはある程度下地ができていたのでまだ楽でしたが、司令官様がいらっしゃる前からいたシルフィードとジニヤーは本当に大変だったと聞いています。
3 23/03/01(水)17:10:28 No.1031827343
そうして少しずつ、みんなで手さぐりで作り上げた戦術群を、先日隊長たちが整理してマニュアルの形にまとめ上げて下さいました。連合艦隊がオルカと同行しているこの機会に、艦隊にいる他のドゥームブリンガー各部隊にもきちんと伝授しておこうということで、私がこの艦に派遣された次第です。どっとはらい。 「……ではなくて」 訓練は終わりましたが、まだ帰るわけにはいきません。右舷側、何キロか離れて攻撃母艦〈ブリタニア〉が併走しています。今日はあちらにスチールラインのマリー隊長が所用で出向かれていて、私は夕方にマリー隊長を拾っていっしょにオルカへ帰投する手はずになっています。まだ一時間ほど、ここで時間をつぶさないといけません。 何をしようかと、あてもなく周囲を見回した拍子に、胸ポケットで何かがカサ、と音を立てました。 取り出してみると、折りたたんだ古いレポート用紙に、食べ物の名前がずらっと書かれています。
4 23/03/01(水)17:10:46 No.1031827409
「これは……」 黒いペンの無骨な筆跡を見て思い出しました。ずっと以前にどこかの作戦で、バンシー型の遺体を見つけたとき回収したバケットリストです。 旧時代、人間様の指揮下で運用されていた頃の私たちは、実戦投入前にバケットリスト、つまり「死ぬまでにやりたいことのリスト」を書かされるのが通例でした。そうすることで未来への執着が湧き、任務への集中力が上がったのだそうです。 「…………」 名前の頭には全部、赤ペンでチェックが入っています。私が入れました。おそらくこの中のどれ一つとして知らないまま死んだのだろう姉妹への、せめてもの慰めとして、代わりにリストの料理を一つ一つ食べていったのです。 食堂のメニューにないものはソワンさんに頼んで作ってもらったり、代金代わりに食材を探しに行ったり、それなりの道のりがありました。そうしてリストを無事完遂したあと、なんとなくポケットに入れたままになっていたその紙切れを、あらためて眺めていると。 私の中にしだいに、ある大きな感覚が形をとってきました。
5 23/03/01(水)17:11:00 No.1031827462
――お腹が、 ――――減った。 「……9902。この艦に、今から食事ができるところはあるでしょうか」 午後も大分遅いので、食堂は閉まっているかもしれません。しかし9902は即座に答えました。 「それでしたら、ちょうどいいところがあります」
6 23/03/01(水)17:11:15 No.1031827521
〈カレリア〉左舷艦尾近く、上級士官食堂。 「ここですか」 かつての時代なら、人間様の乗組員しか立ち入れなかった特別区画です。今はもちろんそんな区別に意味はなく、この食堂も物置になっていましたが、 〈本艦の料理スタッフは、フィンランド料理を習得しています。これから北欧に向かうそうなので、期間限定でオープンしています〉 と、9902が言っていました。 入口は木目パネルできれいに飾られ、「ラヴィントラ」と金文字で彫ったプレートがかけてあります。店名まであるとは、さすが上級食堂。 「……ごめんください」 なんとなく足音を忍ばせて中へ入ると、左手のキッチンからポルティーヤがさっと出てきて、愛想よく笑いかけてきました。 「オルカのバンシー様ですね、うかがっています。こちらへどうぞ」
7 23/03/01(水)17:11:29 No.1031827584
壁際の席に案内されると、アクア型がナプキンをサーブしてくれる。本格的なレストラン風です。 「ランチをひとつ」 「かしこまりました」 さてさて、と。 私は深呼吸しながら両手の指をすり合わせて心をしずめ、店内を見渡しました。照明はあかるく、フロアの奥のテーブルでセイレーンさんがひとり食事をとっています。キッチンからは何かを煮込んでいる鍋の音。待つほどもなく、ポルティーヤが最初のパンとスープを運んできました。 薄く切った黒っぽいパンに、サーモンの入ったクリームスープ。スープには濃い緑色の香草が細かく刻んで散らしてあって、中央にオレンジ色のツブツブしたものが浮いています。 「おお……?」 これは、なかなか、いやかなり、料理も本格的です。 正直に言うと、司令官のいらっしゃるオルカ以外の艦に、こんな手の込んだ料理が作れるような食材の備蓄があるとは思っていませんでした。
8 23/03/01(水)17:11:44 No.1031827630
「難民の皆さんの中に、たまたま農・水産業分野の方が多くいたんです。それで魚やお肉が調達できそうだというので、龍様のご提案をいただきまして、この航海の間だけ試験的にオープンしてみています。おかげさまで、他の艦から食べに来て下さる方もいらっしゃって」 「なるほど、現地調達なんですね」 備蓄食糧を節約しつつ、食事の質を向上させ、難民の人たちに役目を与えることもできる。龍副司令らしい合理的な采配です。ポルティーヤの説明に頷きつつ、まずは一さじ、すすりこむと、 「んっ!」ミルクとバターの優しい味の中に、サーモンの身のプリッというか、ツルッとした弾力が歯に抵抗してくる。鮮度が違うのでしょうか。 「昨日獲れたばかりの、新鮮ぴっちぴちのサーモンです!」 炭酸水を運んできたアクアが、誇らしげに言いました。
9 23/03/01(水)17:11:59 No.1031827678
パンはずっしりと重くて、やや酸味があります。腐りかけて酸っぱくなったパンを食べたことはありますが、これは明らかにそういうのではない。意図して出した酸味です。その証拠に、添えてあるバターをひとかけ乗せて食べると、 「はあああ……」 バターの油にパンの酸味が溶けこんで、甘味に変わっていく。そこへクリームスープを一さじ。クリームに溶けたパンが、また幸せの味。そして今気づきましたが、スープの真ん中のツブツブは魚の卵でした。歯の間でプチプチする食感がたのしい。 「メインディッシュです。トナカイの肉の煮込みになります」 食べ終わったころを見計らったように、メインの皿が来ました。 黒っぽい肉を細切れにしたものが、黄色がかった布団のような土台に乗っていて、赤い丸い粒の入ったソースがかかっています。また粒。とりあえず、何もついてない肉を一切れ口に入れてみると、 「意外と……味がうすいというか」 よく言えば淡白。たしかに肉ですが、これといった味をあまり感じない。ソースの赤いのは、また魚卵でしょうか。それにしてはずいぶん大きいけど……などと思いつつ、ソースと絡めたのをもう一切れ。
10 23/03/01(水)17:12:11 No.1031827716
「んん! 甘い?」 ベリー、というのでしょうか。何という果物なのかわからないけれど、とにかくジャムです。ジャムを肉料理のソースにするなんて考えもしませんでしたが、いっしょに食べると甘酸っぱさが淡白な肉の線維に染みこんで、驚くほど合います。 (それではこの、下のもこもこした台座みたいなのは……) ふわふわのマッシュポテトでした。少しサワークリームを混ぜてあるみたいで、滑らかな味わい。トナカイの肉と一緒に口へ入れると脂っこさを補ってくれて、ジャムとはまた違ったおいしさが見えてきます。ジャムとポテトだけだと、ボリュームのあるデザートのような感じ。そして肉、ジャム、ポテトの三者をあわせると、ベリーの甘味と酸味、ジャガイモのボリュームを肉が芯になってがっちりまとめた豪華な味。 今、私の頭の中でジャムのパラダイムシフトが起きています。トナカイといえばサンタのそりを引くくらいしか知らなかったけど、これほど芸達者だとは。やるじゃないですか、ルドルフ。
11 23/03/01(水)17:12:27 No.1031827779
「食後のラプランド風コーヒーです」 お皿をきれいに平らげたあと、出てきたコーヒーを一口すすって、 (おっ) これにも驚きました。ウイスキーが少し入れてあるようです。 これはあたたまる。夜間哨戒の時に、ポットに入れて持っていけたら心強いかもしれない。……いや駄目ですね、飲酒飛行になってしまう。 「ふう……」 最後の一滴までコーヒーを飲み干して、私は満足の息をつきました。北欧、端倪すべからず。〈カレリア〉侮るべからず。 オルカ以外の艦を無意識に下に見ていた三十分前の自分に爆撃してやりたい気分です。 「……ん? 三十分前?」 ハッと時計を見ると、マリー隊長を迎えにいく時刻まであと十五分しかない。
12 23/03/01(水)17:12:40 No.1031827838
「ごちそうさまでした!」 私は代金のツナ缶をテーブルへ置くと、食堂を飛び出しました。 のんびり食事をしていたせいでマリー隊長にご迷惑をかけたなどということになったら、いかに最近丸くなったと評判のメイ隊長といえど罰当番では済みません。乗員規則に違反しないぎりぎりの速度でデッキへ続く廊下を駆け抜けながら、 (スヴァールバル諸島という所は、何が美味しいんだろう) そんなことを、それでも私はちらりと考えるのでした。 角を曲がった拍子に、胸ポケットで折りたたんだバケットリストがカサ、と音を立てました。 End
13 23/03/01(水)17:14:59 No.1031828352
良かった
14 23/03/01(水)17:18:55 No.1031829267
孤独のバンシー いやバンシーのグルメの方が良いか
15 23/03/01(水)17:23:30 No.1031830341
良いものでした
16 23/03/01(水)17:23:41 No.1031830401
いつも感想ありがとうございます 今回で怪文書も60話になったので特別企画として二本立てです 後編は明日同じくらいの時間に投げる予定
17 23/03/01(水)17:23:55 No.1031830442
ちょうど腹の減る時間帯に出しよって
18 23/03/01(水)17:32:51 No.1031832707
>60話 なそ にん
19 23/03/01(水)18:24:15 No.1031846596
ラスオリの二次創作やってくれる人少ないから助かる…