ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
23/02/16(木)17:09:43 No.1027187855
広いオルカの中央通路を、バイオロイドが二人、てくてく歩いていた。 「うう、気が進まないなあ。ドロンしちゃだめ?」 「だめ」 ぼやきながら歩いているのはストライカーズのX-02ウル。その手を引っぱるようにして先を歩くのが、同じくストライカーズのX-00ティアマトである。
1 23/02/16(木)17:10:03 No.1027187961
ウルは最近オルカに来たばかりの隊員だ。北米作戦でアンガー・オブ・ホードとストライカーズが別行動をとった際、援軍としてラビアタが招集し、そのまま一緒にオルカへ戻ってきた。 「やー、話には聞いてたんだけどさ。いいとこだねえ、オルカ」 ストライカーズの共同部屋に用意されたこたつにもぐりこみ、ぬくぬくと動かないウルのことを、はじめは皆微笑ましく見守っていたが、やがて業を煮やした。 「あなたときたら毎日毎日訓練以外はゴロ寝ばかり。せっかくオルカに来たんだから、少しは他の子と交流なさい!」 と、ラビアタに部屋を追い出されたのが先ほどのことである。 「ラビアタ様、昔はあんなこと言わなかったじゃないかあ……」
2 23/02/16(木)17:10:15 No.1027188023
ストライカーズは、かつてラビアタがレジスタンスを率いていた時代、全軍の旗頭となるべくラビアタ自ら選抜したチームだ。求められるのは第一に揺るがぬ士気、そして確実な作戦遂行能力。逆に言えば、それ以外は何も必要とされなかった。ラビアタの指揮下で戦っていた数十年の間、ウルはストライカーズ以外の隊員と会話した記憶などほとんどないし、それで何か言われたこともない。 「でも、ラビアタ様の言うとおりだよ。ウルは寂しがりのくせに人見知りなんだから。もっと友達や知り合いを増やした方がいいと思う」 すたすた前を歩くティアマトを、ウルが恨めしげに追いかける。 「ティアマトも変わったよね……前はもっと私に似た感じだったのに」 「そうかも」歩きながら答えるティアマトの声は愉快げだ。 「オルカで変わったんだよ、ラビアタ様も私も。……あ、ここだ。すみませーん」
3 23/02/16(木)17:10:39 No.1027188156
ノックして入ったのは、AAキャノニアがよく使っているラウンジだった。今日もビーストハンターに、レイヴンに、パニが二人。クラッカーやドライフルーツを盛った皿を囲んでだらりと座っている。 「お、ティアマトじゃん。久しぶり」 「新人の紹介に来ました。エミリーいますか?」 「検査に行ってるけど、もう戻ると思うよ。干しリンゴ食べる?」 「ありがとうございます。ほら」 「あ……どうも、です。ウルです」 おずおずと頭を下げたウルに、ビーストハンターが身を乗り出した。 「ほう、あなたがX-02ウル? 実機に会うのは初めてです。よろしく」 「え……私を知ってるの?」 「それはもう。昔うちとヴァルハラで、あなたを取り合ったんですよ」 「え、何それ初耳」 「教えて教えて、中佐」 「せっかくのお客にお茶くらい入れてからです。紅茶でいいですか?」 「えっと、あ、はい、ありがとう。あの、私は確か、ヴァルハラに配属される予定だったって昔」
4 23/02/16(木)17:11:08 No.1027188299
「最終的にはそうなったでしょうね」ビーストハンターは手ずから大きなマグカップにティーバッグを入れてお湯を注ぎながら、「でもあなたのプラズマライフルの火力は素晴らしい。砲兵としても十分通用するでしょう」 「え、いやあ、えへへ」 「だからキャノニアで使うか、狙撃兵としてヴァルハラで使うか、だいぶ議論したそうです。旧時代の人間様がですけどね」 「うちにはもうエミリーがいるから、ウルはヴァルハラへ、ってことになったんですかねえ」 「あの、エミリーって」 「あーそっか、ウルってあの模擬戦の!」二人のパニの片方、402が突然手を打ってがばと身を起こした。「記録見たよ、すごいねー全方位射撃! ああいうの欲しいなー。どうやるの?」 「どうって、あの、このリフレクタードローンを使って、ちょいちょいっと」 「えーすごい、遠距離狙撃も乱射もできるんだ。私にもこういうのくれないかなー」 「HESH弾はドローンで反射できませんよ。ヘッシャげちゃう」 「?」 「?」 「……」
5 23/02/16(木)17:11:42 No.1027188445
「ヴァルハラの方へはもう挨拶に行きましたか? あっちでも歓迎されると思いますよ」 「あーいえ、まだなんです。ちょっとその、行きづらくて……」 「なんで? 引き抜かれそうだから?」 「やっぱ勿体ないよー、今からでもうちに来ない?」 「あげませんよ。ウルはストライカーズのウルです」 「冗談冗談、とらないよ。でも言われてみればそのコートとか、確かにちょっとヴァルハラっぽいよね」 「ただいま」 皆がわいわい話しているところへドアが開き、とことことエミリーが入ってきた。 「エミリー、お帰り。どうだった?」 「健康」びし、とVサインを出すエミリー。と、ウルがぱっと明るい顔になって立ち上がった。 「X-05じゃん! そうか、AAキャノニアってX-05がいる部隊だったんだ。なあんだ、そっかあ」 そそくさと寄ってきたウルに、はじめ当惑していたエミリーだが、やがて何かに気づいた顔になって眉が上がる。 「資料で見たことある。私と同じXナンバーのウル」
6 23/02/16(木)17:12:22 No.1027188625
「そうそう、私だよ。エミリーって名前になったんだねえ。いい名前だね、笑みが浮かんじゃうよ」 「? 私の名前はずっとエミリーだよ?」 「あーそうか、えっとね」 「ウルはエミリーが生まれたずっと昔のことを知ってるんだよ」レイヴンがエミリーにビスケットの缶を出してやりながら言った。「面識あったの、当時?」 「ううん、噂を聞いてただけです。その頃は『E計画機』って名前しかなくて、すごい威力のレールガンを使う上に高機動だって」 「E計画機? 私の名前が?」エミリーは小首をかしげてしばし考えこむ。「可愛くない。エミリーの方がいい」 「クールなハンターって感じっぽくてさあ、怖そうだなって思ってたんだけど、こんな優しい子だったんだね」 「? 私、怖そうだったの?」 エミリーの首がさらに傾く。ビーストハンターの眉根がわずかに寄ったのにティアマトは気づいた。ウルは気がついた様子もなく、饒舌に喋り続ける。 「そりゃあもう! 触れるものを消し飛ばす氷の戦士ってイメージの写真あったよ。Eはエリミネーターか、それともエクスキューショナーかってみんなで」
7 23/02/16(木)17:12:42 No.1027188711
「そうだエミリー、隊長が呼んでましたよ。検査が終わったら訓練でしょう」 「あ、そうだった」 ビーストハンターの声に、エミリーは食べかけのビスケットを口へ放り込んで立ち上がった。「またね、ウル」 「う、うん」 たったと駆けていってしまったエミリーを見送って、所在なげに振り返ってから、ティアマトの表情を見てやっとウルも何かに気づいた。 「え、あの……私、何かやらかしました?」 「いや、まあね」パニ118が紅茶をきゅっと飲み干して、ちらりとビーストハンターの方を見てからあいまいに笑う。 「エミリーね、あの子ってさ、むかし開発途中でブラックリバーが潰れちゃったんだよね。鉄虫が来て。で、人格補助モジュールが未完成のままだったらしいんだ」 「あ……」 「元々はもしかしたら、ウルが見た資料みたいなキャラになるはずだったのかもね」レイヴンもソファの背に頬杖をついて言い添える。「でも、エミリーは今のが本当のエミリーで、今が一番だから」
8 23/02/16(木)17:12:58 No.1027188786
「そういうわけで、すみませんが」ビーストハンターが両膝に手をつき、頭を下げるような、念を押すような仕草をする。「昔の話はあまりしないであげて下さい」 「……ごめん……なさい」 「いや、うっかり昔の話なんか振った私たちも不注意だったんよ」パニ402がフォローを入れる。だがウルは頭を下げたまま、ぼそりと口を開いた。 「私……鉄虫が来た時、凍結保管されることになったんです」 「うん?」 「その時、誰かのミスで意識がシャットダウンされなくて。身体は動かないのに意識だけあるまま、何十年もずっと、暗闇の中で一人きりだったんです。ラビアタ様が解凍してくれるまで」 「ウル?」 ティアマトは驚いた。それはウルが決して自分からは話さない、一番つらい思い出だったからだ。 「そのせいで、今でも一人でいるのダメで……怖くて、わけわかんなくなっちゃうんです。情けないですよね。だからヴァルキリーさんみたいなスナイパーとか、絶対無理です。ヴァルハラにも、だから挨拶に行けなくて」
9 23/02/16(木)17:13:10 No.1027188846
ウルなりの詫びなのだ、とティアマトは気づいた。他人の過去を踏み荒らしてしまった代償に、自分のもっとも触れられたくない過去を晒している。キャノニアの面々もそれに気づいたのだろう、揃ってティアマトの方をちらりと見た。ティアマトが恐る恐る頷くと、レイヴンが小さく息をついて、しいて明るい声でウルの肩を叩いた。 「こんな時代に生きてれば、みんな色々あって当たり前だよね。またエミリーと遊んであげてよ」
10 23/02/16(木)17:13:24 No.1027188904
「やっちゃったなあ。あー私、いっつもこうなんだ……」 「ウルは悪くないよ。みんな、また来いって言ってたじゃない」 「言ってくれたけどさあ」 帰り道、うなだれるウルの横へティアマトは並んで歩いた。 「何度か遊びに行けば、すぐ慣れるよ」 「本当変わったよね、ティアマト」とぼとぼ歩きながら、ウルは羨むような、恨むような薄ら笑いでティアマトを見上げる。 「そうだね」とだけ、ティアマトはうなずき返した。 レジスタンスに加わったばかりの頃のティアマトは、拒絶と諦念で心を塗りつぶしていた。自分を見いだしてくれたラビアタ、彼女のための刃になることだけが生きる意味だった。それ以外の何にもなりたくなかったし、それ以外の何にも意味があるとは思えなかった。レジスタンスの他の仲間にも。司令官にも。 今、ティアマトは昔の自分を落ち着いて思い返すことができる。いくらか頬が熱くなり、こわばった笑顔になってしまうけれども。それは良い方向への変化だ、ティアマトは自信をもってそう思っている。
11 23/02/16(木)17:13:48 No.1027189024
「私も、変わった方がいいのかなあ」ウルがふたたび視線を落とした。 「どうかな」 ただ一方、ウルにとって「変わる」という言葉は必ずしもいい意味ばかりを持っていない。意識だけが闇の中に残されたあの時間で、ウルは変わってしまった。取り返しのつかない変質が起き、スナイパーとして使い物にならなくなってしまった、そう彼女自身は思っているからだ。 だから、気軽に「ウルも変わればいい」と言うことは、ティアマトにはできない。ウルを傷つけず、こちらの真意と思いやりだけを伝えられる、そんなうまい言葉は、ティアマトにはまだまだ難しすぎて見つけられない。 だから代わりにこうして、ウルをあちこち連れ回そうと思っている。色々な人と会う。美味しいものを食べる。楽しいことをする。固く、冷たく、感覚がなくなるくらいまで凝りきってしまった心をほぐすには、そういう他愛ないことがよく効くと、ティアマトは自分や、他の大勢の仲間を見て知っている。
12 23/02/16(木)17:14:04 No.1027189088
次はネオディム達と会うときに連れていこう。Xナンバーが三人に増えたから、みんなで遠征に出てみるのもいい。ミナに頼んで、彼女が参加しているレスキュー隊親睦会にも連れていってもらおう。アルヴィスもいるそうだから、ヴァルハラへの顔つなぎにもなる。 そして何より、司令官のところへ連れていこう。あの人をよく知ってもらうのが、自分たちが変わるための何よりの近道だと、ティアマトは知っている。 そして、いつか。 〈今こういう場所にたどり着けたのなら、これまで歩いてきた道も、無意味なものではなかったのかもしれない〉 ちょっとだけでいいから、そんなふうに考えられるようになってほしい。自分のように。
13 23/02/16(木)17:14:28 No.1027189211
「ねえねえ、ティアマト」 「うん?」 「さっきのラウンジ、敷物がしいてあったじゃない。泣きたくならなかった?」 「え、どうして?」 「ティア(涙)・マット(敷物)だけに」 「……」 そして、いつか。 ウルが良い方へ変わり、気持ちが強くなってくれたら、もう一つやりたいことがある。たぶんストライカーズのみんなが同じ気持ちだ。ティアマトは聞こえないようにそっとため息をついた。 その時こそ、「ウルのダジャレはつまらないから、やめろ」と言ってやるのだ。 End
14 23/02/16(木)17:15:31 No.1027189500
まとめ fu1927561.txt 去年ウルとエミリーの話をリクエストしてくれた人長らくお待たせして本当にすいませんでした ウルはなんでかこたつに入ってるイメージがある
15 23/02/16(木)17:16:25 No.1027189773
>ウルはなんでかこたつに入ってるイメージがある わかる
16 23/02/16(木)17:24:04 No.1027191948
どてらも着てるだろうな…
17 23/02/16(木)17:26:43 No.1027192655
人との距離感はかるのクッソ下手そうだよねウルちゃん…
18 23/02/16(木)17:38:25 No.1027195776
ウルちゃんって日本版だとストーリーではまだ出番無しだったよね? 本国版だとキャラ外伝がいっぱい追加されてるから早く追い付いて欲しい
19 23/02/16(木)18:04:38 [リクした「」] No.1027203165
こちらこそかなり書きづらそうなネタ投げてしまったみたいですみませんでした… 本当にありがとう…ウルちゃんのファンと出番増えてほしい…
20 23/02/16(木)18:05:47 No.1027203478
>ウルちゃんって日本版だとストーリーではまだ出番無しだったよね? >本国版だとキャラ外伝がいっぱい追加されてるから早く追い付いて欲しい バニーのサブストーリーがシナリオ初出だったような気がする
21 23/02/16(木)18:20:41 No.1027207811
>どてらも着てるだろうな… 絶対似合う…
22 23/02/16(木)18:31:59 No.1027211390
毎度大作をありがたい…