23/02/12(日)23:41:11 今週ず... のスレッド詳細
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23/02/12(日)23:41:11 No.1025948398
今週ずっと天気良いみたいだし、たまには投げ釣りがしたいなあ! つっても近場の砂浜なんて釣り出来るスペースないだろ、海開きするより手前だし。 だったら朝早くに出て、んで遊泳禁止のとこ行けばいいじゃないですか! まあ、このへん逃したら合宿でわちゃわちゃするしなあ。良い頃合いと言えばそっか。 そうです、そうですよ、そうなんですから、トレーニングとは別口の海がセイちゃんとっても見たいなあ~! わかったわかった……じゃあ、明日行くか。外出一式用意しとくけど竿……釣具のひととおりは持って来いよな。 んふふふふ……やった~っ、明日はよろしくお願いしますね、トレーナーさん! なーんて調子に乗ったおさそい。 昨日の夜に言うんじゃなかった。 「あっつ……」 「言うのやめましょ、もっと暑くなりますよ……」 「「あー……あっつ……」」 「ね~……」 「……何?」
1 23/02/12(日)23:41:40 No.1025948590
「流石のセイちゃんでもさあ、昨日の自分を恨みそう……」 「あー、もう少し天気について調べときゃ良かったな……」 時刻は午前の十時を回るか回らないかしてるあたり。東京から随分と離れた、人気の少ない砂浜に立って。私たち二人はからっとした天気とは比べようもないほどに、じっとりとした言葉を交わし、自分たちが置かれた状況を確認していた。 いつかに彼から貰った麦わら帽のつばを触り、視界にある影を増やす。天気が良いのは嬉しいけれど、ここまで暑いなんて聞いていない。程好いってコトバ知らないのかな、六月の海辺だよここ。最高気温三十二度って。うそつけーってなじりたくもなるよ。勝負のときぐらい空気読んでよね、お日さまさん。 「念のため聞いておくんですけど、持ってきてたりします? 私の水着」 「入れんだろう時期だって割り切ってたから、流石に持ってきてないな」 「……むぅ」 「一応サンダルかクロックスならあるぞ?」 「それじゃあ歩けはしても泳げまではしないじゃないですかあ」 「まあそりゃね。というかさあ……」 「はい、なんでしょ?」
2 23/02/12(日)23:42:11 No.1025948829
「もしここで俺が君の着れるような水着持ってきてたらさあ……マジで変態の予測だろ、だから用意が悪くても勘弁な」 「ふぅ~む……まあ、そうですよねえ。なら、許しちゃおっかなあ……」 「あ、俺は水着持ってきてるぞ」 「ふぅ~ん。あ、もしかしてジャイアントスイングで海に投げ込まれたいんですか?」 「ごめん、嘘だ、許してくれ、腕掴まないで、ほんとに」 「わかったなら許してあげちゃいますよ、セイちゃん優しいんで」 型通りの生返事で微妙な空気を混ぜ返しつつ、ぐるっと辺りを見回してみる。閑散とした海水浴場にだって、真夏ともなれば大抵あるやつ、海の家的なおうちの様子は……海開きがまだだからか人っ子一人すら確認出来ない。簡易シャワーだって設置されてない。ていうかなんですけど、そもそもここ海水浴場とかじゃないし。なんにもないのも当たり前っちゃ当たり前なんだけどね。 「ああでも、軽い着替えとかは車に常備してあるから、海で遊べるっちゃ遊べるぞ。遊泳オッケーのとこも近いっちゃ近いし」 「えっ、じゃあもしかして、セイちゃんのパンツとかキャミとかの替えもあるんですか~?」
3 23/02/12(日)23:42:47 No.1025949062
「……水着の件と同じこと、そっくりそのまま当てはめろよな」 「にゃはははは……」 「はっはっはっは……」 「「はあ~~~……」」 あ、ついやっちゃった。しかも重なりまでしちゃった。溜め息って憂鬱を運んできちゃうから、吐いたその後に大抵無言になって嫌なんだ。なにより、会話を構成していた肺の働きが変わっちゃうから、新しく息を吸い込むまで世界が停滞したまんまになっちゃう。じりじりと照り付けてくるおひさまの下ならなおさら。目的前のあついねむいは、目的達成の大敵だ。よし、嘆くのはここまでにして、『思うようにするため』の作戦を実行に移さなきゃ! 「まあ、でも。せっかく来たんだし。暑さに負けず釣らなきゃあ損ですよね!」 意を決した私の問いかけに、トレーナーさんは額に浮かぶ汗も拭わず鷹揚に頷く。そうだ、言葉にして再認識。暑くて仕方ないとはいえ、私の視界に見えるのは結構前から楽しみにしていた海の姿に違いないんだ。管理の行き届いていない、アッシュグレイじみた砂浜に。コーラルの陰なんてどこにもない、セルリアンブルーのノーマルな海。あと遠景になんか山……かなんか!
4 23/02/12(日)23:43:17 No.1025949238
まあ多少のイレギュラーはあったとしても、今日この時間に関しては他ならない私が勝ち得たものなんだから、弱ってなんかいられないはず。時間は有限でかつ貴重。よおし、気力がどんどん湧いてきたぞ、本日の目的と目標を忘れるなセイウンスカイ、波紋を生み出すんだ『何か』につなげるそのために! 「さあて、良さげなポイントはどこかなあっと……!」 「スカイスカイ、待ってくれ。釣り始めるその前に、景気付け的なのあるから」 「へ? 景気づけ?」 「ああ。まあこういう事態を想定してなかった……わけでもないからな! ほら、コレ」 トレーナーさんが指差したのは肩から提げた異様に頑丈そうなクーラーボックス。飲み物や食べ物を入れるにしては少々物足りない大きさなのも手伝って、私には彼のする自信満々な笑みの意味がいまひとつ掴めない。もちろん、中身が分からないっていうのが一番にあるけれど。 「それって釣ったお魚用のお持ち帰りボックスじゃないんですか?」 「まあそれも兼ねられるけど、本題は別なんだよ!」 「てっきり期待されちゃってるなあ~とか、思ってたんですけど。違ったのかあ、そっかあ」
5 23/02/12(日)23:43:49 No.1025949451
「変な絡み方やめろって、そこはちゃんと期待してるさ。だからこそ先んじての物々交換、的な感じだよ」 「それってどういう……?」 トレーナーさんの発言に首をひねっていると、彼はクーラーボックスのバックルに手をかける。ぱきん。小気味いい音が鳴り、太ももあたりを撫でるように冷気が下方向に滑っていく。砂浜に吸われていく零下の温度を目で追えば、その流れで箱の中身は勝手に見えた。 「……アイス?」 クーラーボックスの中に敷き詰められていたのは、大容量の保冷剤プロデューサーとアイスたちのグループユニット。思ってたより変な光景にぽけっとしていると、アイスの冷たさとは絶対に触れ合えないタイプの熱量でトレーナーさんが笑った。 「そうよ、アイスだ、アイスを食うぞ! 暑いし、黙ってんのも夏に似合わん!」 妙に豪快な言いっぷりに思わず笑ってしまったけど、まあトレーナーさんの言うことは一理どころか千理はある。おひさまの機嫌に文句を言ったって状況は何も変わらない。それに世界を切り替えるキッカケが目の前にあるのに行動を起こさないのもバカみたいだ。
6 23/02/12(日)23:44:27 No.1025949669
よし、小難しく考えるのはやめよう! だって要するにカンタンなことなんだ! 来たのが見えたら乗るしかないじゃん、このビッグウェーブにさ! 「わ、なんかみょーに種類ある! 選びたい放題だ!」 「はは。割と高めのやつとか買っといたから、腹壊さない程度に食べようぜ」 「にゃはは、さっすがトレーナーさん。チョイスのセンスは褒めてあげましょ~」 いい気分でボックスをがさごそ漁り、にやり。そして思わず、ぽつり。あはは、やっぱり買ってた、このひと。両手の指でギリギリ足りるかどうかの、フツーに買いすぎなレベルの個数だもん。きっとあるだろうと思っていたけど、まさか本当にあるなんて。なんとなく嬉しいような、照れくさいような気持ちを適当にいなしつつ、私はアイスを引き当てた。 「えっ、それでいいのか?」 「チープなのを先に頂いたほうがオツでしょ?」 私が手に取ったのは半分こできるレトロなソーダのアイス。でも、トレーナーさんに片方あげるわけじゃない。これを一人でむしゃるのが美味しいうえに楽しいんだ。二人用のを一人で食べるってことにミニマムな特別感が湧くんだ。案外理解されないものなのかな、こういう気持ち。
7 23/02/12(日)23:44:56 No.1025949864
「じゃあ……まあ俺はこれ、取られなかったし、消去法的に」 「うわ~夕張メロンだ、いっちゃん高価なやつだ、こんなにあるのに消去法とか絶対嘘でしょ~」 「うるせっ、俺が食べたかったんだよ、食べたいって言ってもあげないからな」 「あはは、どうしよっかな。ま、いいや。いただきますね、トレーナーさん」 ラーメン屋の店主さんみたいな相槌を聞きながら、これまた安っぽいビニールを剥く。あらわれてくるのはみずいろしたラムネカラー。そいつを思うさま、がぶり。きいんとくる冷たさが舌を通して、身体の全体に染み渡っていく。冷たくて、甘くて、気分が良くておいしい。 「ん~、やっぱり夏はこれに限りますねえ~」 「なんかオヤジくさいな、スカイ」 「いっつもじじくさいトレーナーさんに言われたくありませんよーだ」 「言ったなこいつ! あ、そういやさ」 「はい?」 「今日はなんで誘ってくれたんだ?」 なんというか、あまりに角度の違い過ぎる問いかけだった。クエスチョンを出されることに嫌悪感とかはないのだけど、まさかだらだらとアイスを食べているこんなタイミングに結びついてくるとは思ってなかったんだ。
8 23/02/12(日)23:45:25 No.1025950059
にしても、誘った理由かあ。誰かを指すためのゆびを顎に当てて、かわいこぶるのも加えるために首を傾げてみる。けど、それはただのポーズ。考える余地なんてもうどこにもない。 「んー……個人的なおはなしなので黙秘しま~す」 言えなかった、頭からっぽで楽しいだけの思い出がたくさん欲しかった、なんて口が裂けても。 「言っても特にデメリットとかなくないか?」 「いやいや、それは分かってなさすぎですって。本当のことなんて、言えませんよ」 このひとの探究心を諦めさせるために、憂いを込めて目蓋を閉じようとするよりも早く。 「……じゃあ、あえて。聞かないことにするよ」 うん、うまい。だいぶアタリだなこのアイス。このひと、話題の切り替えだけは下手なのに上手だ、いつもいつも。聞かれたくないことなら聞かない。トレーナーさんが公言している美徳の観念。そんな物凄く率直な一撃がいま私の胸を貫いて、この雰囲気に相応しい最高の結果をもたらして、海と空に消えていく。いつもは煮え切らないおとこだなあって思うばかりだったけど、今日だけは感謝してあげよう。
9 23/02/12(日)23:45:59 No.1025950258
「はい、そうしてくれるとセイちゃんは嬉しいですね~」 「素直にありがとうって言えよな」 かすかに重くて落ち着けるような温もりが、ぽふん、麦わら帽の上に乗っかる。がさつ、ていねい。雑なのに若干遠慮がち。ホント、どちらとも付かない絶妙な重さが、私の頭上を占有している。 「あの……」 「……おう」 「なんです……これ?」 「いや、引っ込みが……」 なんだこりゃ、どうしたらいいのさ。なんていうかな、浸るにしては深くないし、軽口を叩けるほど浅くもないんだよねこの重量感。どっちつかず過ぎて動けないよ。トレーナーさんってば本当に考えなしだよねえ。あんまりにも曖昧な雰囲気のせいで、益体もないことを考えちゃう。これって子供扱いなのかなあ、それとも大人用のだんまりなのかなあ、なんて答えの出ないことを。 考えても考えても以前、二人の思惑だけは隠されている。この視界の内にも外にも見ては取れない。私たちの手近にある万物に対して、何物も溢れ出さないようにするだけの、見たいように見えないようにする暗幕が掛けられている。もっとも、他人から見ればの話、だけど。
10 23/02/12(日)23:46:20 No.1025950398
私からすれば、まわりは黒くも暗くもない。暗幕とは名ばかりの不透明のもやみたいなものでしかない。しかし、それでも。分かっているとうそぶいてもなお、欲しいものだけを掴み取るには何もかもがあやふやだ。心なんて千変万化、狙って見通せるものじゃない。いついかなるときだってそうだからこそ、これまでずっとそれだけを見てきたと信じられるものに心を預けて。 「ねえ」 こんなに気持ちいいかおりがする、最高の汐風のせいでさ。 「あのね」 あはは。あなたのこと、好きになっちゃいそうですよ、私。 「うん、どした?」 いや、やめとこ。今はちょっかいをかけるだけで十分かな。言わない、まだ、言えないよ。ゆうき、ないし。だから、ありがとうだけ。言わせてよ、この海とあなたの優しさに、それだけに向けて、放つんだ。 おもちゃみたいなワッフルコーンの内側に、ミルクのクリームが仕舞い込まれてしまう前に。 彼の手元で元気に溶ける、液体と個体の狭間にいる宝物、だいだいいろしたソフトクリームを。 ぱくっ。 「あっ?!」 ぺろり。 「……んふふ」
11 23/02/12(日)23:46:43 No.1025950569
上唇についたクリームを舌で舐めとって、なるべく色っぽく映れるように上手ににやつく。そして、トレード。いや、ディール。恥ずかしさと勇気を天秤にかけた、一世一代の儀式として。私の食べていたあおいアイスをすっと差し出す。 「……どおぞ?」 突然にも程がある、お題目の釣りはどうした、駆け引きも作戦もあったもんじゃない、やることなすことぜんぶぜんぶ、ノリと勢いじゃないかって? うるさいなあ、真の兵法家ってやつはいつもどんなことがあろうとも、様々な手段と手法と手練手管で勝利を手繰り寄せるもんなんだ。 「……食え、と?」 「それぐらい、言わずに察すべき、ですよ」 「あー……あーと、えー……なんだ、その……」 「ほおら、はやく、とけちゃいますよ、セイちゃんも……」 あなたのひととなりなんて知ってるし、あなたの思いも行動も読んでいる。こういう状況にしてやって、無理矢理にでも押しちゃえば、トレーナーさんはきっと私の期待を裏切らない。 「じゃあ、いただきます」 ああ、どうしよ。 かがむ、あなたの。 口元から目が離せないよ。 「えへ……おいしい?」
12 23/02/12(日)23:47:09 No.1025950741
でもまあ、私は策士だから。 なるべく隠すよ、バレないように。 耳はどうしようもないけど、たぶん。今のあなたはそこを見てはいないと、私は信じていたいから。 「……うん、美味いな。美味い、うん。うまいよ」 アイスを頬張るあなたの仕草を、その口を。見つめて、眺めて、音にする。 なんていうか、はむ、でも。もぐ、でも。なかった。 トレーナーさんの食べ方は、はく、って感じだった。 鋭くもなく穏やかでもない、遠慮がちな優しい食べ方。 「ありがと、スカイ」 感謝の言葉が渡されたことによって、私の意識が戻ってくる。気付けばもうさっきまでの雰囲気はすでにない。あとに残るのは、食べさしと、不思議な空気感だけ。 「んふ……それに、あま~い、よね」 言って、言ってしまって、すぐ。アイスぐらいの冷たさじゃあ誤魔化しきれないほどに顔が熱くなる。 ああああ、私のばか、甘いのなんて当たり前だ、もう少しぐらい気の利いたことを言えないのか私ってやつは!
13 23/02/12(日)23:47:33 No.1025950911
たまに勇気を出したと思えばいつもこうだ、踏み込んだくせに奥まったところまでは行けず、肩を落とすのはいつも自分から……ああもう、ばかばかばかばかばか……でもまあ怒ることもないか、別にそれでもいいんだもんね。力不足感すごいけどにんげん、そんなすぐには変われないし。過ぎたことを悔やんだってしょうがない。そう、割り切ろう! 「ん……そうだな。まあ、甘い。でもまあ、爽やかかも知れん」 「……私のアイスが青いから?」 「ソーダは喉越しも悪くないしな、でも何よりさ……」 「うん、なにより?」 私には大事なことがあるはずなんだ。たったいま、世界に一つしか存在しない二人だけの時間において、後悔なんて二字熟語は決して必要なものじゃない。いまにおいて必要なのは刹那の秒を楽しむこと。それを、心の底からちゃんと。まっすぐにことばにすること、たったそれだけ。それだけで、報われた気がするんだ今日の私が、全部。 「君と、海と、綺麗な空の下で食べるアイスが、美味いんだ」 水たまりに小石を放ったって、できる波紋はごく小さいものでしかない。より大きいとこに投げたほうが建設的だし、どうせやるなら派手に行くべきなんだ。
14 <a href="mailto:おわり">23/02/12(日)23:48:25</a> [おわり] No.1025951235
だから、今回に関しては。知恵を絞って勇気を出して、たぶんその、今日は一歩……ううん二歩は前進……できたと思う。 「にゃはは……今日も、ありがとね。トレーナー……さん」 だから、感謝、したいんだけど。言葉にするとすぐ恥ずかしくなるから困るよね。私の悪いところだって分かってるけど、改善しようと思ってできるものでもないし。そのへんのスキル不足は成長で補えたらいいのかもね。 「ま、今日はいっぱい釣ってくれよな、スカイ」 勉強になった……かなあ? 「トレーナーさんも釣るんですよ、ボウズはだあめ」 わかんないけど、なんか熱いや。 「無理言うなよ、俺は下手なんだぞ」 「私がししょーしてあげてるんですからちょっとは上手くなってくださいよ」 あーあ、瞳にうつる微熱のかおりも、ストローハットのブリムで全部隠せたらいいのに。全然まるで翳らない、私にとっての光源に。正々堂々文句を付けて、私は。彼に食べさせたアイスの場所に、おそるおそる口をつけた、そのあとに。今日の釣りはきっと、あんまり捗らないんだろうなあってちょっとだけ思った。
15 <a href="mailto:s">23/02/12(日)23:49:30</a> [s] No.1025951680
最近寒いのであったかめの幻覚をどうぞ なんか長くなっちゃったごめんね
16 23/02/12(日)23:54:41 No.1025953770
私こういう何気ない日常好き!
17 23/02/13(月)00:03:39 No.1025956902
甘いなあ…
18 23/02/13(月)00:41:00 No.1025969664
いい…