23/02/09(木)22:43:56 「…おの... のスレッド詳細
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23/02/09(木)22:43:56 No.1024752877
「…おのれ…メイケイエール…め…」 千葉の九十九里での夏合宿二日目。和室の大部屋客室で寝泊まりしていたチームのメンバーはいそいそと朝ジョギングの準備をしているが、眠気が全く覚めないアタシだけは布団からいまだに体を動かせないでいた… 小学部ぶりだろうか、久々に夜更かしをしてしまった。アタシは昨日の寝るまでの間ずっと、チームが別ということで夏合宿期間の間離れ離れになったメイケイエールとLANEトークをしていたのだった タイピングはスローだが積極的に話を続けようとする彼女に乗せられてしまい、その彼女が寝落ちで撃沈した深夜の2時になるまでついつい続けてしまったのだ。まあ、おのメイといえど話を打ち切れなかったアタシの自己管理力の無さに非があるのだけれど…
1 23/02/09(木)22:44:08 No.1024752954
「ふぁ………眠い………」 ようやく重い体を立ち上がらせる。周りの子達はもう準備満タンのジャージ姿だ アタシも布団を畳み、浴衣からジャージに着替えるために自分のカバンが置いてある場所へと歩き始める すると、呆れと憤怒が混じった顔をした小さな少女が、腕を組んでアタシの行手に立ち塞がっているのに気がついた 「ソングライン…」 「ん…。あぇ……?」 「ソングラインッ!!!!!!!!!!!!」 「………あっスイープ先輩!?!?!?」 ───訂正。小さな少女なんかじゃない。チームの大先輩が一人、スイープトウショウ先輩だ!重い瞼で視界が狭かったのと、トレードマークのとんがり帽子を被っていなかったせいでわからなかった… その怒声で元々準備が終わっていたチームメンバーは蜘蛛の子を散らす様に客室の外へと逃げていく。アタシの眠気もどこかへ一気に吹っ飛んでいった
2 23/02/09(木)22:44:25 No.1024753059
「昨日夜更かししてたんでしょう!!!夏合宿といって気が緩んでるんでるわよ!!」 「本当に申し訳ございません!!」 「旅行しに来てるわけじゃないのよ!!」 頭を下げるアタシにスイープ先輩は深いため息をつく。トレセンの先生の様に叱るその姿には、華奢な体躯とは思えない程の元禄と迫力があった 彼女はデュランダル先輩と同じく、トレセン学生という身分に身を置きながらこのチームの中心人物として支えてくださっていた 「いい?何をやっていたのか正直に話しなさい」 「友達とLANEの方を…」 「誰とやってたのよ!その向こうのトレーナーにも連絡するから」 睨みつけられてしまって自分の身体は怯えて動かない。浴衣の下が汗ばんでくるのがわかる 彼女を守るためにも誰と連絡を取り合っていたのかを隠し通したかったのだが、先輩から直接そう聞かれてしまったのなら言わないわけにはいかなかった ごめん!メイケイエール!アタシは罪を告げるように口を開いた
3 23/02/09(木)22:44:37 No.1024753139
「メ…メイケイエールって子です…」 「メイケイエール!?!?」 するとスイープ先輩は憤怒から一転、驚愕の表情へと変貌する。まるでその名前が出てくると想定していなかったような、そんな感じの反応だった 「たしかアンタ、エールとは桜花賞の一件で…」 「私とメイケイエールとはもう仲直りしています。今後は仲良くしようって話になっていて」 「そう…」 アタシの説明を聞いたスイープ先輩はそのまま顎に手を当て何かを考え始めるそぶりを見せる そしてボソッと、「むしろ都合がいいのかも…」と呟いた後、先輩はいつものツーンとした顔に戻ってアタシにこう言った
4 23/02/09(木)22:45:08 No.1024753338
「ふんっ。わかったわ。今回は見なかった事にしてあげる」 「…え!?」 「誤解しないでよ。今後このチームに合流する予定のエールとって、それが必要だと判断しただけだから」 その先輩の態度の変わりようにアタシもすこし困惑してしまった。彼女と前もって交流を深めていた事に免じて、ということなのだろうか…? 「ソング。エール本人やアタシたちの為にも、彼女ともっと仲良くしてちょうだい。だからって自分を蔑ろにして、次また寝不足したら本気で怒るけど」 「わっ…わかりました!!!!」 「なら、すぐにみんなと合流すること。いい?」 「はい!!!!ご迷惑をおかけしました!!!」 先輩の気が変わらない内に、アタシは即座にジャージに着替えて客室から脱出する なんだかよくわからないが助かった…!ありがとうメイケイエール…! ここにはいない彼女への感謝の言葉を小さくつぶやきながら、アタシはみんなが集まる海水浴場へとダッシュで向かった こうして、一ヶ月にも及ぶ夏合宿での特訓の日々は続いていった…
5 23/02/09(木)22:45:22 No.1024753433
□ 「はぁ…はぁ…」 「エールお疲れ。少し休憩にしようか。ほらっ、これ飲んで休んで」 「あっ…ありがとう…ございます!!!!」 ウッドチップコースでの走り込み練習で疲れた私は、トレーナーさんから手渡された水筒の中身を飲み干します 夏合宿先である熱海の陸上競技場で、私はトレーナーさんと二人っきりで練習をしていました もちろん他のチームメンバーの皆様もこの施設で練習しにきています。ただ、皆様が実戦のレースに近い練習をする間だけは、別れてトレーナーさんと二人きりで練習するようにしていたのです 「だいぶタイムも縮んできたね」 「本当ですか!!!!!!」 「うん。順当に行けば、次のキーンランドCも全然狙えると思う」 この別行動の理由は、チームの方々と不仲だったからというわけではありません。そうではなく、レースを走る時の私にとある問題を抱えていたからです
6 23/02/09(木)22:45:34 No.1024753513
「キーンランドCが、私のこのチームでの最後のレースなんですよね…」 「そうだな。思い返せば、色んなことがあったなぁ」 「…本当に、私の気性のせいで様々なご迷惑をおかけしてしまいましたよね」 「それは気にしない約束でしょ?教え子を守るのは、トレーナーとして当然のことだからさ」 それは、レース本番に突然起こる私の暴走。勝たなくてはならないという強い焦燥によって自分の内に秘められていた狂暴性がむき出しになってしまい、身体の制御が効かなくなってしまうこの気性。そのせいで、ここのチームメンバーの皆様にはすっかり怖がらせてしまっていたのです 「そうだ、気性が荒かったが故に『暴君』として呼ばれたオルフェーヴルというウマ娘を知っているかい?」 「あ…もちろん知っています。レースで勝利した興奮のあまり、トレーナーを内ラチに叩きつけてしまったほどに狂暴だったという…」 「そう、あの気性難ウマ娘を三冠へと導いたのも、エールの移籍先のトレーナーなんだよ」
7 23/02/09(木)22:45:45 No.1024753580
レースに出走する度に起こる私の暴走は、数々の方達に迷惑をかける結果になってしまいました。一緒のレースに走ったウマ娘さんとそのトレーナーさんに謝罪回りをしたことは今でも覚えています 謝罪回りをした相手の一人に、ソングラインちゃんのチームトレーナーさんもいました。彼はどんな問題児ウマ娘でも勝利へと導かせる実力者として、トレセン学園内で名を馳せていました 「これからエールは、そんな豪腕トレーナーの元で練習できるんだ。その気性の問題だってきっと解決できる。いいことじゃないか?」 「…」 『あなたのもとでなら、エールは正しい道を見つけられるはずなんだ。だからどうか、彼女を救ってほしい』 …と、今の私のトレーナーさんが必死で、彼に直接チーム移籍を頼み込んでいた事。ドアを一枚挟んで盗み聞きしていた私は知っていました。その時私は、トレーナーさんにそんな多大なご迷惑をかける前になぜ自己解決できなかったのかと、本気で自分を恨みました
8 23/02/09(木)22:46:00 No.1024753672
「…トレーナーさん」 「どうしたんだいエール」 「私が若いうちに3つも重賞を取れたのは、紛れもなく今のトレーナーさんのおかげです」 「いやいや、僕は関係ないよ。ただエールに光る才能があっただけさ」 「そうでは…ないと思います」 …本当は、ここまで育ててくださった今のトレーナーさんの元で、最後までトゥインクルシリーズを走り抜けたかったのです しかしそれよりも、私のせいで苦しむトレーナーさんを、私はこれ以上見たくありませんでした トレーナーさんは私を守る為に、何度も自分を犠牲にしてきました。チームの移籍理由だって、表向きは「自分のスケジュールの都合」という、トレーナーさんが無責任で自分勝手である風に誤解されかねない嘘をついていたのです。きっと私を守る為の配慮なのでしょう。本当は全部、私のせいというのにも関わらずに
9 23/02/09(木)22:46:11 No.1024753744
「エール。トレーナーって存在はね、みんな教え子の幸せを一番に願っているんだ」 「…」 「それは担当から外れた後でも変わらない。君の夢が叶うよう、僕は君を応援し続けるから」 「…ありがとう、ございます」 私の夢。お父さんから、みんなに応援されるようなウマ娘になるよう願われて産まれてきたのだよと、遠い昔に教えてくれました。だから、その期待に応える事が私の夢でした しかし最近は、今もこうやって人に迷惑をかけてしまう自分に、誰かの声援に応える資格などあるのかと自問自答するようになりました 今の私は自分の夢どころか、存在理由すらも見失いつつあったのです
10 23/02/09(木)22:46:24 No.1024753831
■ 「もしもし、メイケイエールか?」 『お久しぶりでええええええええす!!!!!!!ソングラインちゃん!!!!!!!!!!』 合宿先での生活にもすっかり慣れた8月上旬。星空と海を一緒に展望できる夜の旅館のベランダにて、久しぶりにメイケイエールの声が聞きたくなったアタシは彼女にLANE通話をかけていた ハイテンションガールの久々の絶叫をスピーカー越しでモロにくらってしまったが、とにかく元気そうでなによりだ 「熱海はどうだ?」 『楽しいです!!!!!!朝昼晩魚介類づくし!!!!!しかも特訓後は温泉です!!!!!』 「エンジョイしてるなぁ」 非常にウキウキした声でそう語る。電話越しでも笑顔で喋っているのが伝わってくる。そんなに楽しいのかと素直に羨ましくなってしまった
11 23/02/09(木)22:46:36 No.1024753890
『でも観光地として人気すぎていろいろ大変でした!!!!!!!本来特訓する予定だった現地の海水浴場があるんですけど!!!!走る練習にもならなかったです!!!!!!!!!』 「なんだそれ!それじゃ夏合宿にならないじゃないか!」 『大丈夫です!!!!!!!!近くの陸上競技場で練習してますので!!!!!!!』 「それ熱海まで行く意味あったのか!?」 海でしかできないハイレベルな練習のために夏合宿に行くと話には聞いていたから、ちょっと疑問に思ってしまう。でも温泉があるからなぁ 「こっちの九十九里浜はほどほどに落ち着いてるから、思う存分海で練習できてるぞ。穴場って奴だ」 『穴場ですか…!!!!!それってなんだか経験豊富な名門チームって感じです!!!!!!!』 「悪く言えばそこまで人気が集中してない所を狙ってるなんだけどな。でも結構楽しいぞ!」
12 23/02/09(木)22:46:47 No.1024753964
顔を上げれば満天の星空。ウマ耳をすませば心地よい波の音 他の観光地よりも知名度がないせいか、観光客の数は多くなかった。しかしそれが逆に、都会では味わえないこの澄んだ空気感を独り占めしているような心地で、なんだか優越感を感じていた 『あっ。あの、ちょっと、いいですか?』 「きゅ、急に落ち着くなよメイケイエール…」 少しの間を置いたあと、突如声のテンションが落ち着いたメイケイエールからそんな言葉を聞いた。元気な状態から前触れもなく変わるもんだから心臓に悪いぞ!スピーカーの音量を上げる為にアタシは慌ててスマホの調節ボタンを連打した 『前から気になっていたことを思い出しちゃって…せっかくですから、質問してもいいですか?』 「あぁ、なんでも聞いていいぞ」 『ソングちゃんの、夢ってなんですか?』 「…夢。かぁ」
13 23/02/09(木)22:46:58 No.1024754037
夢。レースで勝利を目指す理由 それはトゥインクルシリーズを走るウマ娘同士でよく語られる鉄板の話題の一つだった もちろんアタシも夢を持っている。少しこそばゆいが隠すほどでもなかったので、早速メイケイエールに打ち明け始めた 「アタシの名前、"ソングライン"ってどういう意味なのか知っているか?」 『…ごめんなさい。存じないです』 「アボリジニというオーストラリア先住民部族が残した、歌や踊りや絵画などの遺産、歴史の足跡という意味なのだという」 オーストラリアには、先祖が残した遺産が今でも大切にされている。その作品群の中には水脈や薬草が生える場所など、生き抜くために必要な知恵や証がたくさん残されていた。彼らは歌うことのなかに、自分たちの先祖の生きた土地や、知恵や、物語。そして夢を、大切に保存してきたらしい その先祖の足跡がいつしか、歌の道、「ソングライン」と呼ばれるようになったのだ
14 23/02/09(木)22:47:09 No.1024754099
「アタシはね。その話を聞いた時、アタシ自身も何かを残したいとおもったんだ」 アタシの夢は、トゥインクルシリーズの歴史上に巨大な足跡を残すこと アタシがこれまで走ってこれたのは、支えてくれたみんなのおかげだ。アタシを育てた親やトレーナー、アタシと共に切磋琢磨し合った仲間、そしてアタシを応援してくれたファンの人達… だからレースで勝利することで、みんながいたからこそ今の強いアタシがいるのだという証明と、感謝の気持ちを伝えたかった この長い長いウマ娘の歴史の1ページに、自分が走ることで残った足跡を通して、大好きなみんなの存在を刻みつけてやりたかった だからアタシは、もっとレースに勝たないといけない 「って、ごめん!長くなっちゃった」 『…いえ、なんだか…やっぱりソングちゃんの芯の強さを感じました。かっこいいです!!!!』 「そっ、そうか!直球でいわれるとちょっと照れるな…」
15 23/02/09(木)22:47:21 No.1024754161
褒められてしまったが、しかし口で言うのは簡単だ。そもそも現時点でアタシはまだG1どころか重賞すら取れていない。翻って通話相手のメイケイエールはすでに重賞を三つも勝っている。早く追いつかねば… 「そういうメイケイエールは、どんな夢を持っているんだ」 『えっと…みんなの声援に応える事…ですね』 「ほほう。アタシと同じく名前に因んで、だな?」 『そ、そうですそうです!!!』 「みんなのアイドルのような夢でいいな。アタシも応援してるぞ!」 『あ、ありがとうございます!!!!!!』 お、少しずつ元気が戻ってきたか?調節ボタンでスピーカーの音量を元に戻す。やっぱり元気な時のメイケイエールの方がいいな それにしても、突然プレーンと化したアレは一体なんだったんだろうか…まあ、テンションが元通りになった今となっては、気にしてもしょうがないことか
16 23/02/09(木)22:47:35 No.1024754266
「アタシまだ一つも重賞勝ってないからな~」 『ソングちゃんの次走はG3の関屋記念でしたよね!!!!!!』 「そうだ!よく知っているな。早く勝って絶対追いつくぞメイケイエール!」 『お互い頑張りましょうね!!!!!!』 よし、明日も特訓頑張らなきゃな。そう意気込みながら、そのまま星空を眺める。すると小さく瞬く2つの光が、同じ方角に向かって二重の軌道を描いて流れるのが見えた
17 23/02/09(木)22:47:47 No.1024754355
「………あっ、ダブル流れ星!?」 『えっ!!!!!!!??ソングちゃんも今の見てましたか!!!!!????』 「見てた見てた!同時に2つも星が流れてたよな…!」 『はい!!!!こんなことってあるんですね!!!!!!!!』 まさか熱海にいるエールも目撃していたとは。すごく貴重な出来事を誰かと電話越しで共有出来るのが嬉しくて、自然と笑みを浮かべていた もしかしてこれは、この先いいことが起きる予感…なのかも?
18 23/02/09(木)22:47:58 No.1024754412
プレハブ後輩sの夢を語る姿を妄想してたら一本のSSが出来上がったので共有します 前回まで fu1905533.txt
19 23/02/09(木)22:48:49 No.1024754754
まってくれ いきなりワッと幻覚を浴びせかけるのは
20 23/02/09(木)22:58:42 No.1024758477
先輩してる魔女かわいいゲコ
21 23/02/09(木)23:05:36 No.1024760796
ええやん…
22 23/02/09(木)23:14:08 No.1024763556
相変わらず熱量がすごいな…
23 23/02/09(木)23:20:39 No.1024765587
>先輩してる魔女かわいいゲコ 優駿。
24 23/02/09(木)23:23:04 No.1024766296
他のキャラ達がそういえば大先輩のG1ウマ娘なんだよな…ってなる
25 23/02/09(木)23:35:13 No.1024770167
やっぱ同世代いいよね…ってなる そして先輩も先輩してていい…
26 23/02/09(木)23:47:58 No.1024774562
この頃のエールは重賞3勝の超エリートだからな… 超エリートだけど超問題児だったころだ
27 23/02/09(木)23:57:19 No.1024777809
つけられた名前って子供にとって一生もんだなぁ…ってヒシヒシと感じるいい文章だった