23/01/28(土)00:14:14 「トレ... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1674832454908.png 23/01/28(土)00:14:14 No.1020141211
「トレーナーさんはさあ、幸せについて考えたことってある?」 茹だるような熱が周囲に満ちる夏の昼下がり。トレーニングの『詰まり』を解消するため、気分転換に訪れた校舎の屋上で。私は今じゃないと恥ずかしくなるようなことを、彼に投げかけてみる。 「ハチャメチャなこと言うな、これまた」 「いいじゃないですか~、退屈しのぎに言ってみてくださいよ」 「ん~……そういうスカイはどうなのさ」 太陽を仰ぎ見るように上を向いて、彼はそう返す。つう、ぽたり。不摂生のせいか色の悪くなりがちな彼の顎を伝って、透き通るような青い色をした汗が落ちる。床を叩くひびきとしぶき、涙に似ない海のアクア、空に雲のテリトリーは探せない。どこにも偽の物がない、ここを彩るすべてには。 「私?」 あーあ、きれいすぎ。なんて無駄に綺麗なワンカットなんだろ。何もかもに青春の光が貼り付いていて、まぶしくて、うつくしくて、真夏の雪かと思えるぐらいありえなくてかつ、はかない。そこに私が混ざってる。まったく似つかわしくない、そう断言できるほどさわやかな光景のなかに。 「ああ、聞かせてくれよ」
1 23/01/28(土)00:14:38 No.1020141362
屈託もなく笑う彼に呼応して、甘ったるい笑みが私の内側からこぼれそうになる。ああ、やだやだ。いつだって飄々としていなきゃ、私はあまりに簡単にただの女の子に変えられちゃう。湧き上がる感情を上手に処理して、隣に佇む朴念仁へホント努めて気だるげに言葉を返す。もちろん、この拙い企みを暴かれているのを想定したうえで。なんともない、なんでもない、へんてつのない会話を楽しむ。 「ええ~、質問に質問で返さないで下さいよお。聞いた意味がなくなっちゃう」 「いやいや、だってスカイがそういうことを聞いてくるってことは多分、自分にとっての答えを持ってるからだろ? なら先に聞いたってバチは当たらないと思うんだけど……」 「うーん、別に私は特になんも考えてないですよ。司会進行なんてとてもとても」 「なんか嘘くさいなあ……まあいいや、そしたら脳みそ整理するからさ、ちょっと場を繋いでくれよ」 「やーです。セイちゃんなんにも喋りませーん。きまず~い空気を楽しんでくださ~い」 「にやにやしやがってまあ……ま、たまの機会だし。ちょっと考えるかあ」
2 23/01/28(土)00:16:08 No.1020141938
まあ忘れられる気はしないけど。現在進行形で味わっている、万一にでも忘れたくないこの空気を、染み渡らせたい。身体の奥でなくてもいい、指先にだけでもいいから。いま、刻んでおけば帰ったあとにまた味わえる。残しておいた思い出を指先を通じて感じられる。なので、私は絶対に急かさない。 「あー、変なこと言ってもいいか?」 「別に良いですよ、トレーナーさんいつもちょっと変だし。慣れてますんで」 「おま……なんてことを……いやさ、話の土台をぶっ壊すようなアレなんだけどさ」 相槌を打つ手間を惜しんで首を傾げる。こういうときの続きって大体弱音のはずだ。だったら、ここからの会話ルートはたぶんほとんど読めている。 さあ、どうくる。 「俺、幸せかどうかなんて正直……敢えて考えたことないんだよなあ」 ふふ、やっぱり。 心の海に設置した底引き網を引き上げれば、その内部でぴちぴちと跳ねるのはけっこう思い通りのその言葉。いやはやセイちゃん、自分で思っているよりも、トレーナーさんのことを理解しちゃってるんだなあ。心の内側でくすりと笑って、外面ではちょっとだけ試すように、決していやらしくならないように口端を上げる。
3 23/01/28(土)00:16:40 No.1020142175
「え~? 生きてれば一回ぐらいは考えたことあるんじゃないですか?」 「まあなあ……でもなんていうか、考えたら固定観念化しちゃいそうだろ? 幸せってのはこんなものか~って固めたくないというか……」 「うわ、逃げだ逃げ」 「うるせ。脚質の話を今するなよ」 「脚の問題じゃないですよ、思考回路のお話ですもん」 「んあー、くっそ……言い負かせねえ……」 腕を組んで唸りっぱなしの彼は、立ち尽くして考えることに疲れたのか、欄干の方へと歩いていって。遠目には白くて綺麗な、塗装の剥がれと錆色の多い、若さのない手すりにお尻の大部分と背中の少しを預けた。 「今が……安直過ぎるか……幸せの輝度……うーん……」 わかんねえと天を仰ぐトレーナーさんは、何故かすごく嬉しそうに見えた。狭い屋上の端っこに、彼の笑顔が確かに咲いた。傍目に見る分にはきっと、それ自体が今日のお題目に沿っている色合いをしていた。 「ねえ、トレーナーさん」
4 23/01/28(土)00:17:10 No.1020142330
目論見に合致したとき、鳴り響くのはなんだろう。沁み入るような鐘の音でもなければ、耳をつんざくようなサイレンの音でもないはずだ。あるとすればそれはきっと、波打たぬ水面に向かっていくただ一滴だけの音。ぱちん、弾ける音でなく。ぴちょん、跳ねる音でもなく。吸い込まれていくだけの音、当たり前の場所へすっと戻る、静寂をたたえた水の音。それがいま、私を私たらしめている基底部分で遠い空の星のようにきらめいている。 「おお、なんだ?」 私は素直じゃない。自信家でもない。臆病者だし勇気なんてものもないから、本当に伝えたいものを伝えることに苦労しがちだ。 「そろそろ、私の答え。知りたい?」 『いつも通り』をなるたけ装って、私は彼のもとへと歩み寄る。数歩歩いて隣に並んで、私にとっては手すりというかだいぶ柵な場所にお腹を寄せて。見上げるに三十センチ以上は離れた角度から、オニキスのきらめきにも似た彼の瞳へと視線を合わせた。
5 <a href="mailto:おわり">23/01/28(土)00:17:36</a> [おわり] No.1020142468
「教えてくれるのか、あんなに渋ってたのに」 まあ、そうだね。トレーナーさんの言うとおり。 「うん」 随分と勿体ぶっていたけれど、答えなんてその実簡単なものなんだ。 「そろそろ教えてあげてもいいかなって思ったので」 偽物の嘘で隠した顔で、いつも通りに微笑みを湛えて。ひたすらに努めてつうっと優しく、トレーナーさんの頬を撫でるだけでいい。屋上というヘックスタイルを支配する、最後の一撃に必要なのは、たったそれだけ。それだけでいいんだ、それだけで卑屈な私は得をする。 「これが、私の幸せですよ?」 そっと、指を添えるだけで。私の口から本音が漏れる。彼の生きる温度を指先にだけでも識ることだけで。明日につながる寂しさの感度を下げられるんだから。私は今日もまた、ほつれかけた幸せを繕える。この貴い色をした、繊細な糸で。私だけが持ち得ている時計の針を、止めて。あなたが驚く声をあげるだろう数秒の隙間に、感じる。この、上手に胸を張れない幸せを、満足できるだけ噛みしめた。
6 <a href="mailto:s">23/01/28(土)00:20:05</a> [s] No.1020143350
久々に幻覚を見たくなりましたので… こういう雰囲気で日々の合間をのんびり過ごしててほしい…
7 23/01/28(土)00:20:17 No.1020143438
セイちゃんはさあ…めちゃくちゃ回りくどい伝え方しかできない子?
8 23/01/28(土)00:22:14 No.1020144172
甘い… いい距離感だ
9 23/01/28(土)00:32:20 No.1020147671
しかし強いぞ
10 23/01/28(土)00:34:57 No.1020148626
こう…ぬるっと甘さを出せるのが羨ましい…
11 23/01/28(土)00:35:16 No.1020148748
いちゃいちゃしやがって…
12 23/01/28(土)00:47:29 No.1020153003
セイちゃんはいくらイチャイチャしてもよい☆
13 23/01/28(土)01:16:06 No.1020161511
しっとりスカイ