22/12/25(日)23:55:13 「うー... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1671980113166.png 22/12/25(日)23:55:13 No.1008077301
「うー、寒い寒い………」 綺麗な月夜だった 風は無くとも吐く息は白く、背骨を伝うかのような冷え込み こんな寒い日はコタツにでも入ってミカンでも食べながらのんびり……が正解なんだろうけど 生憎、今日私がいるのはトレセン学園から少し離れた場所にある漁港、その常夜灯の下だった 「今日は一段と冷えるなぁ……先にお茶飲んでおこう」 こんな夜に外出届まで出して港に着ている理由。もちろん、釣り以外にあるわけがない キングからは寒いからやめておきなさいなとお小言をもらったけど、釣りたい獲物がそこにいるんだから仕方ない 水筒から温かいお茶を出してすすり、少し体を温める。こうでもしないとエンジンも掛からないというものだ 12月の夜の海で何を、と思われるかもしれないけど 少しシーズン外れなある魚がポツポツ釣れているという話を釣具屋で聞いてしまったのが全ての始まり その魚をどうしても釣りたくなって、帰ってすぐに釣り具を揃え始めてしまった。同室のローレルさんには呆れられてしまったけど
1 22/12/25(日)23:55:27 No.1008077378
「ウキ止め糸、シモリ玉………」 常夜灯の光の中で、順番に仕掛けを作っていく。今日の釣りは久しぶりのウキ釣り。それも、夜釣りということもあって電気ウキ釣りだ 電気ウキとはその名の通り、電池を内蔵してぴかっと光るウキ。暗闇の中でのウキ釣りにはこれがないと始まらない あとは非常にシンプルな仕掛けで、ウキに対応した重さのオモリ、そして先についた針。これだけでいい そして、使うエサは…… 「よしよし、元気に生きてるね」 魚を入れるクーラーボックスとは別の小さいクーラー、その中で動き回っているのは小さなエビ これが今日使う餌。虫エサとかでもいいんだけど、個人的には今日のターゲットを釣るのであれば活きエビが一番だと思ってる ていうか、小さいエビが嫌いな魚はほぼいない。堤防から釣れるような魚なら大抵釣れるんじゃないかな エアーポンプで空気を送り、窒息しないように丁寧に運搬してきたエビたちは元気いっぱいだ。仕掛けの完成を確認したら、まずそーっと小さい網でそのエビを掬い、一匹を手に取る
2 22/12/25(日)23:55:39 No.1008077467
「んー、ごめんね」 まずは、ちょんと尻尾に針を刺す。これだけ ちょん掛けと呼ばれる、一番ポピュラーかつ簡単な刺し方。とりあえず釣り初めはこれでやってみて、駄目なら他の掛け方に変えればいい そして、竿をもって……… 「そいやっ」 ぽいっと、海へと投げ入れる ここには何度も来たことがある。そして、この下に何があるのかも私は知っている 普段そこに隠れていて、夜に上に上がってくる魚。それこそ……… 「メバルの煮付け、美味しいからなぁ。釣れてほしいけど……」
3 22/12/25(日)23:55:50 No.1008077551
メバル。今私が空想しているように、煮付けがとても美味しい人気のお魚 お店で買うとちょっとお値段が張ることも多いこのお魚は、普段岩の影やテトラポッドの中、そういう暗がりに隠れていることが多い それが夜になるとエサを求めて上に上がってきてエビや小魚なんかを捕食する。そのタイミングを狙って今日はやってきたわけだ メバリング、という疑似餌を使って行う釣りもあるんだけど……今日は、なんとなく 「……綺麗だなぁ」 ……こうして。電気ウキの明かりを眺めながら、ボーっとしたくなった
4 22/12/25(日)23:56:05 No.1008077638
「最近、忙しかったもんなぁ」 ここ最近、あるレースのために追い込みをかけ、自分も含め周囲みんなが多忙な日々を送っていた レースではこれ以上ない結果を残すことができたものの……達成感と開放感の次に訪れたのは、圧迫感だった 一つの栄光を掴んだ瞬間、その次への期待が自身に集まっているのを自覚してしまった。そのことに気づいた時、まるで……重い空気が、自分の足を絡めとるかのような そんな、錯覚に囚われてしまったのだ 「次も頑張れって、本当は嬉しい言葉……なんだけど、ね」 そんな重圧から逃れるために……少しだけ、ぼーっと。ぼーっと、してみようなんて メバルが釣れてるという話を聞いた時に、ふと思ってしまった と、思う存分電気ウキの赤い光を眺めていると……その光が、ふっと 海の中に、潜った
5 22/12/25(日)23:56:18 No.1008077755
「っ、来た!」 しっかり竿を立てて手ごたえを確認。間違いない、魚はしっかり針にかかった ただ……巻いてくるときの手ごたえに若干の違和感。これは、もしかしてと思いつつ巻いて来てみれば…… 「……あー、おチビちゃんかぁ」 釣れたのは、確かにメバル。だけど、15センチにも満たない小さなメバル メバルやカサゴなどの根魚は、基本的に成長が非常に遅い。一般的に食卓に上がるサイズまで何年もかかることもあり、小さいサイズはリリースすることになっている よく言われるのは成人男性の掌サイズとかいう基準だけど……セイちゃんは個人的に、20センチを基準にしてます なので、この子はリリース 「ばいばーい」
6 22/12/25(日)23:56:30 No.1008077817
また大きくなったらね、と 釣りをしているとこういう事はよくある。というか、こうしてリリースサイズが設けられている魚は結構多い なので、釣りをする前には是非とも確認してから行ってほしいのが本音 特に根魚は基本的に大きく回遊しないし成長も遅いので、その場所で釣れるだけ釣ってしまえば元の環境に戻るのには相当な時間がかかるのだから だからセイちゃんは、少し自分の釣りが窮屈になっても自首規制の下やらせてもらってるのです それと卵を抱えた個体も同じ。是非とも次世代に繋いで貰って、数を増やしてほしいから 「………おっと。また来たかな」 投げ直した電気ウキがまた沈んでいく。竿を立てて引き寄せれば……先ほどより明らかに大きい手ごたえ 引き上げてみれば……はっきりとさっきよりも大きいメバル。よしよし、この子は持ち帰れるかな 正直、そうそう入れ食いになる釣りでもないし自主規制以上のサイズが釣れることも少ない。なのでこの釣りは待ち時間とヒット数の割にお土産が少なくなりがちだ でもいいじゃないか、そんな時間も
7 22/12/25(日)23:56:42 No.1008077902
「……少しは、気も晴れたしね」 周囲からの期待という重圧から逃れるようにやってきた釣りでも、少しは効果もあったようだ 残りは……トレーナーさんに甘えて晴らすとしよう。せっかくいい記録を残したんだ。ご褒美の一つ二つ三つ四つ、あってもいいはずだし 「さーて、お土産サイズは釣れるかなっと」 もう一度、エビを付け直して暗い海へ 今日は一体、どんな結果になるだろうか。少しだけ軽くなった心で、また暗闇に浮かぶ電気ウキを眺め始めた
8 22/12/25(日)23:57:05 No.1008078063
● 「ほへー、温かかった」 帰寮して即お風呂へ向かい、夜の海風で芯の芯まで冷え込んだ体を温めて ニンジンジュースを一杯飲んで、いつものように調理場へ。お魚のアップリケ付きエプロンも勿論忘れずに 「さてさて、と」 今日の釣果は……20センチ半ばのメバルが、二匹 ちょっと寂しい釣果だけどこれでいい。釣るのは食べる分だけ。これは大前提のマイルール 「まずは、と」
9 22/12/25(日)23:57:18 No.1008078143
まずどちらもしっかりウロコをとっていく ここで手を抜くと臭みが残りやすかったり、そもそも食べる時に邪魔になるのでしっかり丁寧に そしたらまず一匹。こちらは腹を裂いて、エラと内臓を丁寧に取り除く。しっかり中を洗って血合いを除く そしたら身に隠し包丁を入れる。ほら、よく煮魚に入ってる×印の切りこみ。あれをすることで身に味が染みやすくもなるし、火が通った際に破れたり丸まるのを防ぐことができる これで下処理完了だ 「さて、もう一匹は、と」 こちらは頭を落として内臓とエラをしっかり取り除き、また中をしっかり綺麗に 三枚におろして、頭と中骨はいったん脇へ。多めに塩を振って放置 腹骨をすく。そして骨抜きで丁寧に骨を抜いて、と 片方の面は皮を引いて、刺し身として切り分ける もう一枚は、シンクに斜めに立てかけたまな板の上に置いて、キッチンペーパーをかぶせて 「あちちっ」
10 22/12/25(日)23:57:35 No.1008078264
そーっと、皮目からお湯をかけていって。全体が白くなったら氷水へぽーい 粗熱をしっかりとったら水気を切って、厚めの刺身として切って隠し包丁、その切れ込みに大葉を挟む これで、メバルの刺身と湯霜造りが出来上がり 「で、もう一回お湯を…あちっ」 先ほどの頭と中骨に熱湯をかけて、全体に熱が通ったら冷水で冷まし火傷しないように丁寧に洗う こうすることで臭みが取れるのはどんなお魚も一緒。覚えておくと便利だったり そして大根とニンジンをカットし、それらと一緒に水と料理酒を入れた鍋に。中火でコトコト火にかけていく 「その間にこっちの鍋もねー」
11 22/12/25(日)23:57:46 No.1008078324
もう一個のコンロでは、また別の作業。最初に内臓を抜いて処理した頭付きの方を作っていく 醤油、みりん、料理酒。そこにお砂糖を入れて火にかける 煮立ったら千切りとスライスにした生姜を入れて中火、メバルの身を入れて、落し蓋 あとは火が通れば、美味しい美味しいメバルの煮付けの完成だ 「で、こっちは、と」 さっきの鍋に戻って、丁寧にアクを掬いとる。ここで妥協すると台無しなので、個人的には少し神経質になるくらいやる癖がついてしまった ここまでくるといいお出汁が出て大根にもよく染みこんでいるので、お味噌を溶き入れて完成 「さー、深夜だけどいいよね」 ご飯を普段よりも少し控えめに盛り付けて、席に着く
12 22/12/25(日)23:58:05 No.1008078440
本日のメニュー ご飯 メバルの煮付け メバルの刺身・湯霜造り メバルのアラ汁 そっと、両手を合わせて目を瞑って 「いただきます」 まずは湯霜造り。皮を残したことでぷりぷりとした食感が生まれ、間に挟んだ大葉もあってポン酢との相性は抜群だ。皮と身の間の旨味がまた堪らない 続いてお刺身。お刺身はもみじおろしをちょっと付けて、と やはり美味しい。しっかりとした食感で、湯霜造りに比べるとちょっとあっさりかな 人によっては湯霜の方が好きという人も多いかも。でも、ついついご飯が進んじゃう
13 22/12/25(日)23:58:46 No.1008078709
「煮付けも……うんうん、味がよく染みてる」 生姜を少し強めに効かせた甘辛い汁がよく絡み、舌の上でほぐれるようなホックリ食感 これでご飯を食べて、美味しくないわけがない。駄目だ、おかわりしちゃおーっと 更に控えめに盛ったご飯を持って席に戻り、アラ汁をひと啜り 根魚は本当にいいお出汁が出る。心の底から温まるようなその味に思わずため息も漏れるというもの そのお出汁を吸った大根がまたいいのだ。ぶり大根、ならぬメバル大根。ありです そうして箸は止まる事無く進んでいき……いつの間にか、湯霜造り一切れを残すだけになった 「んー、美味しかった」 釣果としては結構微妙なところだったけど、二匹のメバルでここまで楽しめたのであれば大成功と言えるだろう 人によってはもう少し欲深くやってもいいんじゃないかと言う人もいるかもしれない。けど、自分の釣りはこれでいい。食べる分だけ、美味しくいただける分だけ 何処までも貪欲になっていいのは……
14 22/12/25(日)23:59:00 No.1008078802
「レースの時だけ、ってね」 さあ、一個の目標が終わってまた次の目標がやってくる 果たしてその時、自分は今回と同じように大成果を見せることができるのだろうか ……見せられるといいな、じゃなくて。見せる そのために頑張るため、今日のところはこれにて 両手を合わせて、頂いた命に敬意を持って 「………ごちそうさまでした」 また次の釣りも、楽しく美味しい一日になりますように
15 22/12/25(日)23:59:12 No.1008078885
おわり。セイちゃんにメバルも食べてもらった
16 22/12/26(月)00:00:43 No.1008079520
今夜も来たな…相変わらず描写が丁寧だ
17 22/12/26(月)00:01:55 No.1008079975
ついさっきシーバス釣ってたのに気がついたらメバルを釣ってた…
18 22/12/26(月)00:04:34 No.1008080926
地元がそうなんだけど根魚はホントそのエリアの狩られると長いこと不毛地帯になるんだよな…… というかめちゃくちゃ筆早いけどいくつかストックしてあるの??
19 22/12/26(月)00:07:04 No.1008081783
>というかめちゃくちゃ筆早いけどいくつかストックしてあるの?? 大体勢いで書いてるのでストックは無いです 筆が乗れば連続で出るけど止まるときはぴたっと止まります
20 22/12/26(月)00:08:43 No.1008082354
ストックなしでこれ!?
21 22/12/26(月)00:10:00 No.1008082805
>大体勢いで書いてるのでストックは無いです >筆が乗れば連続で出るけど止まるときはぴたっと止まります なるほど… 文章というか雰囲気がとても好きだから頑張ってほしい
22 22/12/26(月)00:13:02 No.1008083746
セイちゃんの料理力が凄い…
23 22/12/26(月)00:20:09 No.1008086044
根魚はマジでいなくなると復活しなくなるから乱獲は勘弁してほしいよな…
24 22/12/26(月)00:30:22 No.1008089352
セイちゃんの作ったお魚ご飯が食べたい
25 22/12/26(月)00:38:12 No.1008091849
いいよね電気ウキ 寒いと地獄だけどぼーっとする時間には丁度いいし狙える魚も多い