虹裏img歴史資料館

1 22/12/25(日)00:06:05 No.1007666108

自分自身が大嫌いだった。 チビで根暗な捻くれ者。何をしても幸せになれなくて、いつも何かを憎んでいる。雪だって、クリスマスだって、別に悪いものじゃないのに。 プレゼントにはいつも花が編み込まれていた。仕事をする姿をいつも見てきたから、母がどれだけ心を込めてこのプレゼントを作ってくれたのか、誰よりもはっきりとわかってしまう。 美しいものを素直に愛せない。いつも何かに怯えていて、他人の善意を素直に受け取れない。 自分はこんなに惨めなのに。優しくされる資格なんかないのに。 こんなに歪んだ自分が、嫌いで仕方ない──

2 22/12/25(日)00:06:31 No.1007666302

「ごめんって…な？」 「うっさい。何も言うな、あとこっち見ないで」 「それは酷くないかタイシン！？」 「顔がうっさいの。その微笑ましいなーみたいな顔がさ」 自分でも理不尽だと思うが、こうやって捲し立てていないと恥ずかしさでこっちが参ってしまいそうになる。 何気ない冬の昼下がりと暖房の熱も、静寂が好きな私にとっては立派な娯楽になる。この空気の中に浸りたくなって、気づけば好きな音楽を流してしまっていた。 そこまでなら言い訳も利いただろうが、気を良くしてメロディーラインをそっと口ずさんだところにこいつが帰ってきてしまったのが最大の失敗だった。そういうわけで今、私は自分の落ち度を誤魔化すために目の前で嬉しそうににやついているこいつを罵倒しているというわけである。

3 22/12/25(日)00:06:50 No.1007666472

私が調子良く歌っていたからといって、こいつは絶対に馬鹿にしたりはしない。だからこそ、何かむずむずするのだ。 「恥ずかしがらなくたっていいのに」 「は？」 「タイシンの声、すごく綺麗だから」 私がどんなに否定しても、こいつはこうやって私を大切にしようとする。前よりはずっと良くなったと思うけれど、未だに誰かに認められることに慣れていないこの体が、本能的に素直になれない言葉を吐いてしまう。 「…そ。なら、勝手に聴けば」

4 22/12/25(日)00:07:12 No.1007666694

「ごめん、でも、なんか意外で。タイシンはクリスマスとか、あんまり好きじゃないと思ってたから」 「…好きじゃないよ。街は混み合うし、なんかみんな、幸せーって感じの雰囲気出してさ。 ちょっと、息苦しくなる」 子供の頃は体が弱くて、寒くなると時々咳が止まらなくなってしまうことがあった。苦しくなってベッドに横になっていると、窓の外は着飾った街を楽しそうに歩く人たちで溢れている。 羨ましくもなければ入りたくもないのに、自分がいない場所で嬉しそうにしている姿を見ると、また自分が惨めになる。 「…でもさ、クリスマスのころにかかる音楽だけは好きだったんだ。みんながはしゃぐ代わりみたいに、静かで落ち着いた曲が多かったから。 夜空を見ながら聴くと、ちょっと優しい気持ちになれるような気がして」

5 22/12/25(日)00:07:28 No.1007666837

自分のことを話すのはあまり好きではない。 認めてほしがっているように思われるのは嫌だし、自分の中に誰かを幸せにできるものがあるとは、今でもはっきりとは信じられない。 「俺はあんまり、音楽とかよくわかんないけど。 タイシンがたまに歌ってるの聴くと、幸せな気持ちになるよ」 「聴いてて黙ってたの？趣味悪」 「言ったら止めちゃうと思って。 …ずっと、聴いてたかったから」 でも、こいつは。 それを初めて、信じると言ってくれたんだっけ。 言いそびれちゃったな。 クリスマス、一緒にいたいって。

6 22/12/25(日)00:07:43 No.1007666967

音楽は好きだった。 誰に憚るでもなく、一人でも楽しむことができる。ひとたびメロディーが流れ出せば、いつだって一人の世界に行ける。 美しい旋律は、周りの雑音を掻き消してくれた。他人の声はいつだってうるさくて、私の心をぐちゃぐちゃに掻き乱す。 欠けた心を埋め合わせるように、音楽たちは私のそばにいた。慰めても励ましてもくれなかったけど、それが逆に心地良かった。 ただ、そこに在るだけ。何もせずにただ寄り添うだけの関係なら、何の遠慮も要らなかった。 だから、自分の趣味を誰にも教えたことはない。 「誰かと一緒に聴けば、一人の時よりずっと楽しい」 そんな言葉は信じなかった。 信じてなんか、いなかったのに。

7 22/12/25(日)00:08:10 No.1007667158

「…ダサっ」 独り言ちた非難の声は、誰にも届くことなく冷たい空気の中に溶けた。誰に聞かせようとも思っていないし、誰にも聞こえなくてよかった。 周りは家族や恋人たちで溢れ返っている。一人でそわそわしている人も、きっと誰かを待っているのだろう。 私は待っていない。誰とも約束をしていないのだから、待つ相手などいるはずもない。 なら、どうして今年もここに来ているのだろう。嫌いな人混みに、たった一人で。 結局、あいつと約束はしていない。言い出そうとしても、言葉が出なかった。でも、去年だって何も言っていない。あいつが言い出して、私は呆れながらも付いていって。 でも、嬉しかったのだ。あいつと一緒にいられて。あいつが私と一緒にいて、嬉しかったと言ってくれて。 だからあいつも私と同じように、一緒にいられないと寂しい、なんて。 何も言わなくても、心が通じていれば、なんて。 そんなことに期待しているなんて、本当に、ダサすぎる。

8 22/12/25(日)00:08:27 No.1007667304

でも、そんなダサい私を、あいつはどうしようもなく甘やかすものだから。あいつの前でだけは、それでもいいかなと甘えてしまうんだ。 「もしもし、そこのお嬢さん。 隣、座ってもいいですか？」 「…勝手にすれば。でも、詰めてよ。 ただでさえでっかくて、場所取るんだからさ」 冬がどんなに寒くても、凍えることはないだろう。 あいつはいつだって、私のそばにいるのだから。

9 22/12/25(日)00:09:17 No.1007667719

「別に、ここにいるって教えてないじゃん。ストーカー？」 「タイシンなら、ここにいてくれると思って。それにここにいなかったら、タイシンと行った場所全部探そうと思ってたぞ」 「…キモ。ただのバカじゃん。 なんで、そこまでしてアタシのこと探したの」 「プレゼントを届けたかったんだ」 会えて嬉しいと素直に言えない私を咎めることもなく、あいつは懐からプレゼントを出して、私の手に握らせた。 「はい。タイシンは今年一年、いい子でよく頑張ったからな」 「何それ、子供扱い？」 誰よりも真剣な顔をして。 私を信じると言った、あのときと同じように。 「違うよ。 タイシンが積み上げてきたものは、俺が一番わかってるつもりだ。 その頑張りに応える役は、誰にも渡したくなかったんだ」

10 22/12/25(日)00:09:29 No.1007667820

ずるい。 そうやっていつも、私を甘やかして。素直になれない私の仮面を、無理矢理引き剥がして。 もう、こいつがいないと駄目になってしまうじゃないか。

11 22/12/25(日)00:10:25 No.1007668535

「…ふふ。似合わな。あんたがサンタとか。 あんたが配ったら子供がみんな起きちゃうでしょ」 「…そんなことないぞ」 「あるでしょ。喋ったらうるさいし、黙ってても暑苦しいし。 …でも、今はちょうどいいかも。ちょっと、寒かったからさ」

12 22/12/25(日)00:10:38 No.1007668668

「あ…」 包みを開くと、一揃いの細い布が入っていた。緩やかに丸みを帯びて、楕円形に伸びたそれは、ウマ娘なら誰もが見覚えのあるものだった。 「これ、冬用のメンコ？」 「うん。寒くないように、って思って」 指を沈めてみれば、柔らかく押し返してくる。そのままなぞってみても、滑らかな手触りが指に残る。派手ではないが、いいものだとはっきりわかった。 「…ありがと」 恥ずかしさを押し殺して礼の言葉を口にしたが、その慎みはあいつの表情を見た途端に消え失せた。 「そっか、ならつけてみてくれ、早く」 「うざ。なに、そのいかにもまだなにかありますって顔」 「いいからいいから」

13 22/12/25(日)00:11:28 No.1007669078

促されるままに耳を通すと、何か小さいものが引っ掛かる感触がした。 「これ…」 「タイシン、音楽好きだって言ってたろ？ 冬の間だけかもしれないけど、これで外でも聴けるかなって」 中に入っていたのは無線式のイヤホンだった。それぞれの耳に一つずつ、外れないようにメンコの内側に紐で固定されている。 糸の繋ぎ目をまじまじと見て、気づいたことがもう一つ。 「…アンタが作ってくれたの？」 「…バレた？」 「わかるに決まってるでしょ。糸の縫い目とかさ、手作り感満載だもん」 そう言うとあいつは悪戯がばれた子供のように、恥ずかしそうににこりと笑った。 「メンコにイヤホン付けるだけだと思ってたんだけど、思ったより難しくてさ。 ごめんな？かっこ悪い感じになっちゃって」

14 22/12/25(日)00:11:57 No.1007669286

格好良さなんて求めてない。歪んでいたって構わない。 「…別に気にしなくていいって。 アタシしか知らないんだからさ」 こいつが私を想って作ってくれた。 それだけで、私には十分だった。

15 22/12/25(日)00:12:15 No.1007669508

「片方だけでいいのか？」 「…アンタの声、聞こえないでしょ」 他人の声はみんな耳障り。 ずっとそう思っていたのに、こいつの声はなんだか心地いい。 うるさくて、暑苦しくて。なのにその声が聞こえると、すごく安心する。 万雷の喝采の中でも、その声を聞き逃すことはない。 「ほら」 「ん？」 「そっちの耳。嵌めて。 …アタシの好きな曲でいいなら、教えたげる」

16 22/12/25(日)00:12:30 No.1007669680

私とこいつは何もかも違う。鬱陶しいくらい熱心で、そのくせ辛抱強くて、優しくて。 何もかも違うのに、その違いが心地いい。 「おっきい。あんたの手」 逞しいのに優しい感触の、大きな手。 私のことを全部包んでくれる、温かい手。

17 22/12/25(日)00:12:42 No.1007669786

「ありがと。 クリスマス、ちょっとだけ好きになれるかも」 「じゃあ、来年も来よう。 もっといいこといっぱいして、もっと楽しくなろう」 誰に聴かせるつもりもなかった。 でも、あんたなら、いい。 あんたと一緒なら、きっと全部うまくいくから。

18 22/12/25(日)00:12:54 No.1007669906

「…やっぱ、現実味ないや」 「え？」 「こんなに幸せでいいのかなって」 「…いいんだよ。幸せになっていいんだ。 そのためなら、俺はなんだってするよ」

19 22/12/25(日)00:13:43 No.1007670301

おわり クリスマスが好きじゃないタイシンにちょっとでもクリスマスを好きになってほしかったので書いた

20 22/12/25(日)00:14:14 No.1007670634

いい…

21 22/12/25(日)00:16:11 No.1007671790

チョコケーキにはちみつたっぷりかけて食ってるみてえな甘さだ…

22 22/12/25(日)00:16:16 No.1007671813

タイシンはどれだけ幸せにしてもよいとされている

23 22/12/25(日)00:17:46 No.1007672662

タイシンは確かに一人で音楽聞くのが好きそうだが…

24 <a href="mailto:s">22/12/25(日)00:19:02</a> [s] No.1007673407

ついでに去年の一歩半もどうぞ fu1757554.txt

25 22/12/25(日)00:20:24 No.1007674093

めちゃくちゃ良い… タイシンの自己肯定感の低さからくる卑屈さが愛しいし横にタイトレがいるからこっちも安心できる…

26 22/12/25(日)00:20:54 No.1007674372

公式怪文書…公式だから公文書か？の影響でクリスマスといえばタイシンを連想してしまう

27 22/12/25(日)00:21:26 No.1007674582

これからもずっと楽しい思い出に塗り替えていけ

28 22/12/25(日)00:22:45 No.1007675231

なんかタイシンが幸せなのが嬉しくて泣きそうになった

29 22/12/25(日)00:24:09 No.1007675889

>「…いいんだよ。幸せになっていいんだ。 >そのためなら、俺はなんだってするよ」 タイトレは表に出してないところでも既にめちゃくちゃタイシンに対して覚悟決まってそうだよね

30 22/12/25(日)00:24:47 No.1007676172

あたりまえの幸せを受け入れられるようになるまで何度でもタイトレに愛してもらえ…

31 22/12/25(日)00:25:57 No.1007676697

自分を嫌いと言って認められない子にはこれくらい暑苦しいサンタが必要だ

32 22/12/25(日)00:26:56 No.1007677191

クリスマスと言えばこの2人を見届けずして終われない

33 22/12/25(日)00:27:53 No.1007677661

タイシンのハミングとそれに静かに聞き入るタイトレを目に焼き付けたいだけの人生だった

34 22/12/25(日)00:29:29 No.1007678358

>公式怪文書…公式だから公文書か？の影響でクリスマスといえばタイシンを連想してしまう クリスマスライブの歌唱もあってこれは…ありがタイシン…

35 22/12/25(日)00:31:16 No.1007679061

タイトレは絶対クリスマスケーキのサンタをタイシンに譲ろうとしてアンタが食べなよってされる

36 22/12/25(日)00:32:56 No.1007679797

>「…いいんだよ。幸せになっていいんだ。 >そのためなら、俺はなんだってするよ」 ここ好き やっぱこいつにしかタイシンは任せられない…

37 22/12/25(日)00:33:23 No.1007680043

お互いを温めるようにタイシンのちっちゃくて綺麗な手とタイトレの大きなたくましい手が繋ぎ合ってるところを想像しただけで幸せになれる

38 22/12/25(日)00:33:41 No.1007680173

ごく自然にイチャイチャしやがって…

39 22/12/25(日)00:34:58 No.1007680764

いつか泣いて恨んでばかりいた過去こそ現実味がなくなるくらいに幸せになれ！

40 22/12/25(日)00:36:01 No.1007681190

タイシンが自分の好きな曲教えてくれるって相当だと思うんです

41 22/12/25(日)00:36:32 No.1007681455

タイシンはいくら幸せにしてもいいんだと噛み締める…

42 22/12/25(日)00:36:38 No.1007681492

>タイトレは絶対クリスマスケーキのサンタをタイシンに譲ろうとしてアンタが食べなよってされる 結局ふたりではんぶんこするんでしょそういうのわかっちゃう

43 22/12/25(日)00:38:58 No.1007682427

>>タイトレは絶対クリスマスケーキのサンタをタイシンに譲ろうとしてアンタが食べなよってされる >結局ふたりではんぶんこするんでしょそういうのわかっちゃう そんな2人がいつしか揃って我先にと我が子に譲ろうとする図になるのも見えちゃうんだよね

44 22/12/25(日)00:39:37 No.1007682665

>>「…いいんだよ。幸せになっていいんだ。 >>そのためなら、俺はなんだってするよ」 >タイトレは表に出してないところでも既にめちゃくちゃタイシンに対して覚悟決まってそうだよね その一端が滲み出たのが例の名文

45 22/12/25(日)00:39:45 No.1007682723

タイシンのハミングで星に願いをとか聞きたい 絶対綺麗

46 22/12/25(日)00:44:45 No.1007684603

タイシンの声本当に綺麗だよね

47 22/12/25(日)00:44:56 No.1007684669

今が一番幸せだって毎年言えるようにしてあげてほしい

48 22/12/25(日)00:46:32 No.1007685291

俺の頭の中でウマ娘でクリスマスって言ったらこのペアってイメージが植え付けられたのは間違いなくあのテキストのせい

49 22/12/25(日)00:47:09 No.1007685532

>ただ、そこに在るだけ。何もせずにただ寄り添うだけの関係なら、何の遠慮も要らなかった。 実際タイトレに関してもキャラストでこうあってくれたらいいのにって思ってたのに「それじゃアンタじゃない」になるんだよな…

50 22/12/25(日)00:49:28 No.1007686358

はっきり言葉にしてないけどこいつらマジで一生添い遂げる気だな？

51 22/12/25(日)00:49:43 No.1007686465

別にいてもいいからあんたにいてほしいに変わるまでの過程がね…いいよね…

52 22/12/25(日)00:53:05 No.1007687648

お互い曲の趣味は全然違っても静かに寄り添って聞いてる時間を幸せだと共有できそうな2人

53 22/12/25(日)00:56:09 No.1007688806

>お互い曲の趣味は全然違っても静かに寄り添って聞いてる時間を幸せだと共有できそうな2人 相変わらず好きなジャンルはバラバラだけどお互いに聞かせ合った曲だけは覚えてて自然と口ずさむようになる2人

54 22/12/25(日)00:56:26 No.1007688917

なんとなく恋人すっ飛ばして夫婦になりそうな空気を感じる

55 22/12/25(日)00:58:04 No.1007689589

>言いそびれちゃったな。 >クリスマス、一緒にいたいって。 これタイトレもそう思ってるやつだ

56 22/12/25(日)01:01:50 No.1007691122

頼むから早く結婚しろ…