ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/12/19(月)22:03:18 No.1005882683
節くれ立った手を眺めて、思うのは幾年前のことか 「海の見える家がいい」。そんなワガママを、あの人は叶えてくれた 縁側に座って眺めるのは、いつもと同じ……だけど、いつもと違う海の景色。波の色に、注ぐ日差し 海は一度たりとも同じ顔を見せない。何度も……それこそ、数えることなどできないほどに眺めた景色は今日もまた違う顔。今日はどこか、穏やかな顔 人に言っても中々理解してもらえないけど、この『顔』の違いを眺めるのはひそかな楽しみになっていた
1 22/12/19(月)22:03:29 No.1005882752
「……明日は、どんな顔かなぁ」 天気予報では穏やかな陽気が続き……なんて言っていたけど 予報が外れることなんて、海辺に住んでいれば山の如くある。それはそれでいいものだけど、洗濯物が困ってしまうので少し遠慮したい 「っと、危ない危ない」 お茶を淹れようと立ち上がろうとして、少しよろける 最近、こうしたことが増えてきた。周りからも注意するよう言われているが、まだ杖をつくほどじゃないはず ……あの頃のみんなも、同じような感じだった 急須にお湯を注ぎながら、去年一度集まった時のことを思い返す みんな髪は白いものが多くなって、それでも杖をついたり手押し車を押してくるような姿は一つもなかった けど、今にして思う。あれは、一種の意地なのだと 何よりも、誰よりも『脚』に全てを賭けた自分達の………ちょっとした、意地の張り合い 今になってもなお続けている、意地っ張りレースみたいなものだ
2 22/12/19(月)22:03:41 No.1005882809
「まだ、杖はつきたくないかなぁ」 近い将来そうすることになるのはわかっていても、もうちょっとだけ ……あの人には、今のうちに持っておけと言われたりもするけど。だったら先に自分が持てと、笑いながら返したら恥ずかしそうに頭を掻いていた 一昨年、庭先の畑仕事に出ようとしてすっ転んで、お隣さんにご迷惑をかけたのは何処の誰だと。まずは自分の心配をしてほしいものだ……というのも、もうただの薄っぺらな意地か 急須と湯呑を置いた盆を持って、縁側へ戻る いつか自分も周りに相当迷惑をかけることになるのだろうから、あまり言わないのがいいのだろう
3 22/12/19(月)22:03:51 No.1005882885
「……明日あたり、久々に……なんてね」 部屋の片隅を見て、ふと思い立つ あの頃より、はるかに数も種類も少なくなった釣り具たち。簡単な、釣れないくせにウキをプカプカさせて眺めているような、そんなことばっかりになったけど。それでもやめられない、大切な時間 久々にあの人を誘って行ってみようかなんて 危ないから絶対一人ではいかないようにしようと取り決めたのはいつのことだったか だからこれは、言うなれば久方ぶりのデートのお誘いといったところか 「明日の海は、穏やかかなぁ」
4 22/12/19(月)22:04:01 No.1005882948
もうずっと付き合ってきたこの景色に問いかけても答えは無い 久しく出ていなかったのだ。そんな時くらいは遠慮して、今日のように大人しくしていてくれることを願うばかり 適度に冷めたお茶を飲んで、ふうと息をつけば……ぴゅう、と。少しイタズラな風 聞き届けてくれたということでいいのかな、なんて。空に笑って 「もう、そろそろ帰ってくるかな」 買い物に出ると言ってどれだけ経ったか。そろそろ帰ってきてもらわないと、お昼ご飯の計画も狂ってしまうのだが 地元のお米に、魚屋さんでおススメされたアマダイの一夜干しに、あの人の育てたニンジンなんかの漬物。あとはナメコのお味噌汁 これだけで十分すぎるほどのご馳走だ。今はもう、時にはあの人の方がたくさん食べることがあるほどに ……そこで、ぴくり、と。耳が動く
5 22/12/19(月)22:04:21 No.1005883093
「……遅刻だねぇ」 やっと帰ってきたようだ。家の前に、すっかり聞き慣れたポンコツ軽トラックの音 昔ならばもっと早く聞き取れていたのだろうか 残っていたお茶を飲み干して、一度よいしょっと立ち上がり。湯呑などを台所へ さあ、楽しい食卓としよう。といっても、アマダイを焼いてお味噌汁を温めるだけで大体済むのだけど きっと今日もあちこちでいろんな人に囲まれて、土産話を持ってきているはずだ。それをおかずに加えれば、誰に恥じることのない豪勢な食卓だろう 「……ふふ」 お昼ご飯ついでに、明日の釣りにでも誘ってみよう。二匹、三匹。おかずに上るくらいが釣れれば上々の静かな釣りに きっと、久々じゃないかと言ってニッカリ笑ってくれるだろうから バタン、と車の戸を閉める音。こんな田舎町だから買い物だけは少し不自由だけど、任せろと言って張り切る姿を思い浮かべて笑ってしまう だって、あんなに頼りがいのある人は、ちょっと他にいないんだもの
6 22/12/19(月)22:04:32 No.1005883169
「お出迎えっと」 玄関に立って、その時を待つ 自分からは開けない。あの人が明けてくれるのを待つ。それが……どちらが決めたわけでもない、二人の『いつも』 ガラリ、と。引き戸を開けて笑う顔に笑い返す もうすっかり髪も白く、皺だらけになっちゃったけど。その笑顔は………あの時。出会った時そのままのように映って だから向こうにもそう思ってほしくて。私も、にっこり笑って返す
7 22/12/19(月)22:04:45 No.1005883256
「ただいま、スカイ」 その声を聞いて、胸に押し寄せるものがある もうあの頃のようには走れないけど。もうあの頃のようにははしゃげないけど 次に会うのは何時になるのかわからない彼女らに。あの頃を駆け抜けた彼女らに 私は、精一杯胸を張って、言えることがある 「………おかえりなさい」 驚かないでくださいね? セイちゃん、幸せになっちゃったんですよ
8 22/12/19(月)22:04:58 No.1005883352
おわり。軽率にセイちゃん幸せにしたかった
9 22/12/19(月)22:06:32 No.1005883989
恋愛偏差値0のセイちゃんが幾重にも努力を重ねてきたと思うと倍泣ける
10 22/12/19(月)22:06:52 No.1005884113
もっと軽率に幸せにしていけ
11 22/12/19(月)22:07:15 No.1005884271
優しいおばあちゃんになってそうだよねセイちゃん
12 22/12/19(月)22:09:31 No.1005885208
セイちゃんはいくら幸せになってもいい
13 22/12/19(月)22:09:58 No.1005885393
多分猫のいる縁側でお昼寝してるお婆ちゃん
14 22/12/19(月)22:11:19 No.1005885965
このセイちゃんはなんとなく旦那さんを置いて逝きそうで勝手に泣きそうになりそう
15 22/12/19(月)22:12:41 No.1005886544
なに意地張り合ってるんだよ…と苦笑する旦那たちにそれで結局誰がいちばん速いの?と質問したい
16 22/12/19(月)22:15:30 No.1005887664
多分キングあたりがよく顔見せに来てるよね
17 22/12/19(月)22:17:23 No.1005888486
その軽はずみな行動はもっとして良いヤツだからどんどんやってくれ
18 22/12/19(月)22:17:37 No.1005888576
いい話でした
19 22/12/19(月)22:24:08 No.1005891271
お婆ちゃんスカイの作るお昼ご飯が幸せに満ちてる
20 22/12/19(月)22:24:56 No.1005891655
>おわり。軽率にセイちゃん幸せにしたかった もっと軽率になれ
21 22/12/19(月)22:34:13 No.1005895482
ウマ娘はいくらでも幸せになってもいい
22 22/12/19(月)22:39:41 No.1005897759
みんなも軽率にウマ娘を幸せにするべき
23 22/12/19(月)22:42:49 No.1005898944
いい…こういうの好き……
24 22/12/19(月)22:46:09 No.1005900255
すごく上品なお婆ちゃんになってそう
25 22/12/19(月)22:47:08 No.1005900604
黄金世代はしわくちゃのおばあちゃんになっても会ってるのがすごいしっくりする